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竜とそばかすの姫のsanbonのレビュー・感想・評価

竜とそばかすの姫(2021年製作の映画)
3.8
「細田守」はなにをそんなに恐れたのか。

前作「未来のミライ」では「アカデミー賞長編アニメーション部門」に、国産アニメとしては「ジブリ」以外で初めてノミネートされるという快挙を成し遂げておきながら、国内での評価は(フィルマークスで見ると本当に面白いくらい)綺麗に右肩下がりの下降線を辿っている細田守監督にとって、正に正念場ともいえるシチュエーションで放たれた本作は、正直地位も名誉も確立している大御所としてはかなり恥ずかしいくらい、なりふり構わず「売れ線」をバンバン投入して、限りなくヒットを狙いに行った「送りバント」的な内容となっていた。

特に目につくのは、"人気者の影響力"にあやかりすぎている点だ。

今作での、その最たる象徴が「ディズニー」である。

今作の主人公「鈴」のアバターである「ベル」は「ジム・キム」というディズニー作品で数多くのキャラデザを担当している方が手掛けており、社会現象を巻き起こしたあの「アナと雪の女王」にも携わっている方なのだから、それだけでも話題性は抜群と言える。

更に、今作はそれだけにとどまらず「ペギースー」というアバターのしぐさやモーションにはディズニーっぽさを取り入れていたり、ストーリーなんかは監督自ら明言しているように「美女と野獣」そっくり…いや、そのまんまの展開を見せる一幕もあったり、楽曲の中には「Beauty and the Beast」をどことなく彷彿とさせる歌があったりまでする。

ここまで、ディズニーっぽさが如実に表れていると、バックでディズニーが協賛として関わってんじゃねえかと思えてしまうくらい"露骨"な虎…ネズミの威を借る狐状態である。

その為、今作は細田監督のオリジナル作品としながらも「U」パートでの成分の半分はディズニー色の強い内容ともなっている為、例えるなら美女と野獣の形を模った製氷皿に"細田汁"を流し込み冷やし固めた氷(アナ雪だけに)のような出来栄えとなっているのだ。

そして、次に「音楽」の力に頼っているのも後追い感が否めない。

作中に歌唱曲を多用して、音楽ファンをも取り込もうとするやり口は、元々は今や細田監督最大の"脅威"となっている「新海誠」監督のお株であり、成功を収めている"前例"がはっきりと確認されている手法なのだから、それにこのタイミングで乗っかってくるのは、はっきり言って何番煎じかとツッコミを入れたくなるほど、試みとしては目新しさを感じない。

そして、その楽曲制作は今や若者のカリスマと化した「King Gnu」の「常田大希」率いる別動ユニット「millennium parade」が担当し、声優にも同グループのメンバーである「ermhoi(エルムホイ)」や、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの「YOASOBI」のボーカル「幾田りら」が参加するなど、その"ネームバリュー"で殴りかかってくる感はあまりにも盤石を期しすぎであり、その他にもぶん殴る拳をよりデカくして少しでも広範囲に当たりやすくする為に、芸能界からは人気俳優を多数起用しているのは言うまでもない。

そのうえで、鈴の声を担当する声優(アーティスト)はオーディションで発掘するという話題作りにも余念がないのだから、作品本来のクオリティ以外のところで、今作はあまりにも予防線を張りすぎなのである。

また、今作を形成する要素が全て細田監督の"過去作の寄せ集め"でしかないのは、新境地という言葉をかなぐり捨てたかのように冒険していなさすぎて相当エグい。

細田作品と言えば、夏を象徴した作風が特徴的でもあるが、例に漏れず今作での季節も夏を選んでいるし、ネットリテラシーに言及したストーリーなんかはこれでもう3作目だしで、これまで成功を収めてきた評価の高い要素を総動員してまで確実な成功を掴みにきているのは、細田監督の"集大成"といえば聞こえはいいが、立つ瀬がなくなった今それをやられると単なる"逃げ腰"にしか感じられない訳で、いくらなんでも石橋を強く叩きすぎとしか言いようがないのだ。

一体、細田守監督はなにをそこまで恐れているのかと思える程、"保守"に回った今作。

そして、そこまでガチガチに外堀を埋めてまで描きたかった今作でのネット世界は、その答えをぶち撒けるようにこれ以上ないほど監督の"私怨"にまみれたものだった。

今作で登場する「仮想現実」=Uは、非常に秘匿性の高い空間として"もう一つの人生"を人知れず送れるのが最大の魅力として取り沙汰されており、そこでは50億人いるユーザーの誰一人としてお互いの身分も素性も知らない中で、"姿が隠れているからこその自由"が半ば暴力的に描かれている。

それ以外にも、やたらとネット上ないしSNS上の匿名の大衆による「声」が可視化され、その有害性が強調されて描かれていたりと、徹底的に匿名性の生み出すネガティブな部分に焦点を絞っているのがとても印象深かった。

それは、心無い誹謗中傷に日夜晒され続けている監督自身の経験に基づいたネット観のアップデートであり、Uの世界での処刑方を敢えて垢BANなどではなく「アンベイル」という形で表現した裏には、姿を隠した状態で安全圏からしか攻撃的になれない人間に対する「嘗めんなよ」という恨み節が聞こえてきそうでもあった。

しかし、夏の大作映画でこんなにパーソナルな感情をぶつけられるとは露程も思わなかったが、それが最終的にはポジティブなメッセージに変換されていたのは心ばかりではあるが一安心と言ったところ。

ただし、ストーリー面においてはこれ以上ないほどもうめちゃくちゃであり、鈴に「鈴の母」の生き様を投影させた"成長譚"を描きたいがためだけに、最低限帳尻は合わせましたよといったような内容には、多くの消化不良を覚えざるを得なかった。

特に、今作は「竜」はいったい何者なのかという謎解きの要素を軸に展開されていくのだが、この今作の魅力を牽引する筈であった竜に対する真相が、案の定腑に落ちないものであったのは非常に残念でならなかった。

一応、物語の核心部分であるためここでの言及は極力控えるが、主人公と謎の存在がいて、その謎の存在の正体を争点としたいのならば、普通なら主人公と謎の存在の間には何かしらの"所縁"があって然るべきであり、そうしないと"公平性"が無くなってしまう筈なのだが、視聴者の予想を外す事ばかりに意識を向け過ぎるあまり真相をあのようにしてしまっては、今作が訴求しようとしている「謎解きを楽しんで下さい」という構造そのものが、前提として成り立たなくなってしまう。

また、周りのサブキャラ達も竜の正体を匂わせる為のブラフとしてしか存在を示せておらず、個々の本来の役割が極めて希薄であったのも脚本の杜撰さを助長していた。

そのうえで、それらをひっくるめたあのラストはどう見繕っても"やっつけ仕事"としか言いようがなく、感動的な演出でごまかしていたに過ぎなかったのは、クライマックスの畳み方としてはあまりに投げやりと感じた。

とはいえ、やはりどう転んでもアニメーションで財を成した監督が作る大作映画に変わりはなく、ビジュアル面に関しては大満足と言っていいほど視覚的には楽しませてもらった。

特にお気に入りなのが、鈴と幼馴染の「しのぶくん」との関係を周りの女子に疑われて大炎上する場面で、その顛末をタクティクスRPGのようなビジュアルで表現するシーンが、アイデアから演出に至るまで一風変わっていてとても面白かった。

未来のミライでもそうだったが、どうやら細田監督はタッチの違う映像を掛け合わせて作品を作り上げるのに活路を見出そうとしているようで、その野心と向上心は流石といったところである。

また、今作でなにより驚いたのは鈴の参謀役である「ヒロちゃん」を演じた幾田りらの声優スキルの高さだ。

あの癖のあるキャラを素人ながらにあそこまで自然にこなしていたのは見事の一言でしかなかったし、結構鈴に並ぶくらいの重要な役どころの筈なのに、なんで「日テレ」系の番組を使った番宣では、全く彼女の存在がフィーチャーされていないのか謎で仕方がない。

とにかく、いくらちゃんスゲーの一言に尽きる好演ぶりは、個人的に今作きっての見(聞き?)どころであったので、この才能を見出しただけでも今作の価値は十分に担保されている事だろう。

とまあ結論を言うと、脚本の粗を補って余りある予防線の数々と(張っといて良かったね)、細田監督が元々持ち合わせているビジュアル面でのセンスのおかげで、総合的には細田作品の中でも面白い部類に入る作品にはなっていたと思うので、その複合的な楽しさを味わう分には十分なクオリティを感じられる内容であった。

どうやら、世間的な評価も肝心な売り上げも出だしとしては上々のようなので、やり方についてはまたやんややんやと言われそうではあるが、信頼回復に役立つ結果は監督の狙い通り得られそうなので、それに関してはなによりである。

そして、次こそは誰も見たことのない"新しい"細田守監督作品を期待したいところである。