ようすけ

竜とそばかすの姫のようすけのレビュー・感想・評価

竜とそばかすの姫(2021年製作の映画)
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 前作が散々であったが、今作は主人公の成長という点では物語が一貫していたように見えた。しかしその過程、つまり「竜を救う」のか「〈竜〉を救う」のかがどんどん混濁してしまっているのが一番違和感があった。論のすげ替えが起きてしまっている。もしかして細田守はひろゆきなのか…?私はクライマックスに向かうまでの、手段のすげ替えのような話についていけず、最後の感動の鈴の歌唱シーンにすら感情を持っていくことができなかった。
ただ『未来のミライ』よりましということが面白いということを意味するわけではないぞ!

 『サマーウォーズ』ぶりにネット空間を描いた作品である。10年周期でネットを描くのか、細田守は。そしてこれまでの作品と大きく異なる点は楽曲の使い方。ミュージカル映画に近い(ミュージカルだ、と言われると少し疑問)。主人公の鈴を演じる中村佳穂は本当にすごい。映画館の音響でその歌声を聞くことができることがあり難い(50億の〈As〉がそろって涙するのはさすがにオーバーで身震いするサムさだったが)。そして『美女と野獣』、ディズニーを意識したキャラクター〈ベル〉と〈竜〉もこれまでの細田守作品にはないものとなっている。

○〈U〉自体についての説明、描写の少なさと〈OZ〉
 仮想世界〈U〉についての描写は今回極めて少ないと言っていい。そのために世界観が掴みにくくもなっているところはあるだろう。しかし、『サマーウォーズ』を経て、改めて本作で仮想世界についての説明を繰り返すことを避けたとも思える。テレビで幾度も放送され、配信でも視聴が可能なことを踏まえ、〈OZ〉が連想されることを予想して(アバターの設定など違いこそあれど)〈U〉についての説明は省くという判断したのではないか。実際にファーストカットやクジラ、花火と同じ様な演出をしているのはむしろ観客に想起させようとしているだろう。しない方が無理だ。
 一方で説明を省いているがゆえに、〈U〉という空間の楽しさのようなものを描けず、ネットの負の部分、いわゆる陰湿さであったり野次馬性であったりのような部分ばかりが強調されてしまってもいる。前作がネットで散々言われたのだから無理もないのかもしれない。

○ソースの無いアクションとネットにより下される”ジャスティス“
 その〈U〉の世界では〈竜〉という〈As〉が問題となっており、その戦闘行為が残虐であるとして自警集団〈ジャスティス〉というネット警察に追われていてUnveilしよう(〈竜〉を身バレさせよう)としている。
 この〈竜〉の戦闘についての描き方も一つ気になるところではあった。早すぎて見えないか、描かれない。多分強いのだろうが、〈U〉での噂のように行為が残虐であるのかが分からない。観客にソースが提示されない。比較となるバトルシーンもほとんどないに等しい。
 これについて好意的に捉えるなら、〈竜〉については、ネット評が〈U〉の世論となってしまっているということの表れなのではないか。今の社会がネットの意見に左右されすぎであり、それで善悪が判断されていしまっている現状の風刺的メッセージと取れる。それを最も象徴するのが〈ジャスティス〉(名前もキャラもダサい)なんだろう。
 だが、もしこれで“アクション”のつもりなら私には最悪だと言える。目くらましもいいところだしさすがに舐めるなと言わざるを得ない。そもそも『サマーウォーズ』でやっているアクション以下に思えるアクションを10年経って披露するなんてことあるわけない、、、よね?
 
○鈴と忍くん、〈ベル〉と〈竜〉
 そんな〈竜〉に現実世界の自分の世界を重ねた〈ベル〉が彼の正体を探る。個々での招待を探るという行為はオリジンを探す行為と、〈竜〉の居場所を探す行為とが並行して行われている。
 現実世界ではネットの噂を辿って〈竜〉のオリジンであるとされる人物にコンタクトを取る。しかしそのどれもが噂の域を出ず、結局はその正体にたどり着くことができない。
一方〈U〉では、二人は〈竜の城〉で出会い、初めこそ拒絶されるが、〈ベル〉は〈竜〉に曲を贈り、二人の距離は近づく。二人が夜空に舞うシーンは非常に美しく、当然にそこから『美女と野獣』のシーンも連想される。
果たしてこの二人の関係性はいったい何なのだろうか。合唱隊のおばさま方のセリフやその後のやり取り、そして『美女と野獣』というものがこの映画の根底にあることから、恋愛関係にみえる。しかし鈴は幼馴染の忍くんのことが好きらしい。じゃあ鈴は恋多き女なんだなぁ、では片付けられない。観ていて2本ラブストーリーが走るのか?と疑問に思った。しかし、結末を見れば鈴と竜(〈ベル〉と〈竜〉)は恋愛というよりも、「鈴の母」と「救助された子供」のような関係性をみることができる。ではなぜ〈ベル〉と〈竜〉の関係性があのように描かれたのか。
パッと思いつくのは〈竜〉の正体が忍くんであるというフェイントの為だろうか。やはりその後の現実世界でも忍くんとの関係性に動きがある。忍くんが鈴の手を取るところをみてクラスLINE(のようなもの)が大炎上し、ルカちゃんから鈴のもとに連絡が来る。ミスリードをねらっていたと考えられる。
また、この時点では恋愛関係として描いていたこともあり得る。そしてなにより画、やりたいシーンを重視して考えていたこともあり得る。これは勘弁願いたいが一番ありそうなのが一番困る。

○「竜を救うこと」と「〈竜〉を救うこと」
〈ベル〉の正体が鈴であることが忍くんにバレ、同時に〈As〉では〈竜の城〉が〈ジャスティス〉に火祭りにされてしまう。鈴たちは〈竜〉を救うために、彼のオリジンを今一度探し出そうとする。
オリジンを探すことがどうして〈As〉における騒動を解決する手段につながるのか。〈As〉の〈竜〉討伐騒動を受けて何故オリジンを探そうとするのか。非常にこの繋がりが適当に感じられるし、私は置いていかれる部分であった。確かに結果から鑑みれば、〈竜〉の暴力行為というものがオリジンの家庭環境に依拠するものであったために、「竜を救うこと」で〈竜〉の暴力行為がなくなり、最終的に「〈竜〉を救うこと」につながるということはある。しかし、当たり前ながら事態はそんな悠長なことを言っている場合ではなく、緊急の場面であったはずだ。オリジンを救うということはこの時には何の意味もなさない行為であったのではないのか。
このあたり、現実世界で「竜を救うこと」と〈U〉の世界で「〈竜〉を救うこと」とが混濁してしまっているのではないかと私は感じられた。同時に鑑賞後になってみると児童虐待の問題につなげるということがあまりに目的化しすぎていたのでは、とも思える。しかし当然のことながら両者はこの場面では意味を同じにせず、そしてどちらかが達成されることでもう一方も解決されるということは無いはずだ。ハッキリ言って〈U〉の世界では事態の解決には至っていない。スポンサーが離れるのが関の山だ。

○自らunveilして歌を歌うこと
 〈U〉の世界ではunveilされることは〈死〉を意味するように描かれている。自らunveilしたうえで、歌うことで竜を救おうとした鈴はまさに、かつての母と重ねられている。だとしても急に忍くんが顔出ししろ、と言うのには引いちゃうし、結果これやらなくても竜の場所を知ることができてしまうところが何ともお粗末なことこの上ないが、、、

○児童虐待について
児童虐待等問題に中途半端に足を突っ込んだ挙句に満足げな田舎者たちの顔で物語が締めくくられてしまっていることに関して反論の余地なく問題がある。有名人の慰安訪問じゃないんだから、被害者のもとに行って勇気を与えて満足して終わりなんてそんな酷いことがあっていいのか。最後には竜にこれから戦っていく、などというセリフを吐かせて。これまでだって弟を守るために戦っていたし、それを物語るのがあの背中の痣なのではないのか。細田守作品にはこれまでのざっくりといったところの家族観のようなものに対して言及されることが多いが、今作もこの点に関して言えば問題を軽視して、「利用」していると言わざるを得ない印象だ。児童虐待は非道な行為だし、高知から高速バスに乗って場当たり的に対処できるものではないのだ。かつて知らない子供を自分の命すら優先させて守った母に鈴が重なるシーンであったが、これこそヤフコメのみならずネットでで叩かれてしまうような無謀な行為だ。

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・「5人の賢者 voices」という設定も、やはり『サマーウォーズ』の世界とのつながりのようなものを見出させようとしているのではないだろうか。私的にはノイズだが。
・「48時間ルール」とは児相が児童虐待に関する通達を受けた場合に48時間以内に確認に行かなければならないとするルールのこと。
・本人がいるクラスLINEで悪口言うわけないのだが、そんなところにさえ映画を創っていて違和感がないのが不思議でしょうがない。
・アプリゲームのような演出で見せるのなんなのだろう。YouTubeの安っぽい広告みたいで私は嫌いでした。
・クラスの人気者が恋愛相談を陰キャにするの?ブラフありきじゃない?
ようすけ

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