じゅ

U・ボート ディレクターズカットのじゅのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

『アングスト/不安』のアーウィン・レダー繋がりで観てみたいなと思ってたけど、まさかディレクターズカット版にありつけるとはなあ。"幽霊のヨハン"、良いキャラと眼力だった。
あと機関長が超絶有能。

「U-Boot」
一般には第一次世界大戦と第二次世界大戦の時期に独海軍が保有した潜水艦の総称とのこと。映画のタイトルだけ頭にあってそれが何なのか全く調べすらしてなかった。
特に本作の舞台の第二次世界大戦時には1131隻建造されて、商船約3000隻、戦艦2隻、空母2隻を撃沈したそう。Wikipedia情報だけど。
その代わり独海軍側の損害も甚大で、本作冒頭では4万人の乗組員の内3万人が戻らなかったと語られている。


Uボートで海に出た兵士たち。英海軍の駆逐艦の爆雷を何度も受けて、戦闘機の攻撃を受けて、海の底に沈んで浸水して計器やら艦の駆動装置やらが破損して、その都度皆で力を合わせて死に物狂いで危機を乗り越えて、その末に帰港した先で戦闘機の掃射と爆撃を受けてみんな死ぬって、しんどさが極まってるな。

経験豊富な乗組員たちの精神状態は、なんというか陽気と気狂いの間を行ってるかんじ。
冒頭の宴の場面では、酒でぐでんぐでんになった兵士たちが艦長殿や従軍記者の少尉が乗っている車に放尿してみせるところから始まり、ぐでんぐでんな泥酔スピーチに、会場を破壊し尽くさんとばかりの大騒ぎに、吐瀉物まみれの酔っ払いをふらっふらの酔っ払いが連れて行く。映画でよく見るナチ党が嫌う"退廃"がまさにそこにあるかんじだった。
艦の中での少々過激な冗談の掛け合いは、まるでどこか湧き上がる不安を押し潰すための強がりのよう。宴の場面で艦長殿が「皆不安なのだ」的なことを言っていたけど、その意味がわかった気がした。つまりは逃げられぬ任務のため自らを誤魔化そうと必死なのだろうと理解した。

不安に駆られている一方で、狭くて薄暗くて臭い艦内で何の事件も交戦もない日々を20日くらい過ごすと、それはそれで皆気が立って険悪な雰囲気になってくる模様。そんな中で駆逐艦と遭遇して爆雷の攻撃を受けて死線を潜り抜けると、一気に雰囲気が良くなる。
彼らにとって戦闘が恐ろしいことは当たり前だが、時には必要なものともなり得てしまう、複雑な心情が描かれていたように思う。

泥酔スピーチで露呈していたように、彼らにはヒトラーへの忠誠心も無ければ、自らを鼓舞するためのある種盲目的な自信や誇りも無い。
いざ交戦となれば、当たり前だが、誇張された英雄譚のように命を投げ打つ勇ましさがあるわけではなく、生存という最優先の任務がまずあって続いて敵艦の撃沈という任務がぶら下がっているかんじ。
一方で、途中寄った味方の船ではまさに英雄譚の主人公のような扱い。フリース姿にもじゃもじゃの髭面の艦長殿ではなく隣の制服姿の男を艦長だと勘違いして、その後も武勇伝を聞かせてくれだの何隻沈めたかだのうきうきの質問責めで、疲れ果てた艦長殿とまるで温度感が違う。
そんなステレオタイプによる大物であるかのような見られ方と、実力も精神も矮小な実在の自分との大きすぎる違いに辟易していたことと思う。


戦時中、連合国軍に対策されるまでは猛威を振るったUボートの艦隊。しかし、戦果から想像されるように死をも恐れぬ勇猛果敢な常勝軍団であったわけではない。軍人の理想像みたいに国に心から忠誠を誓っていたとも限らない。何より、誰もが海に生きて海に死んだわけでもない。ただ普通の人間であった。
そんな話なんだと思う。
じゅ

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