せーじ

漁港の肉子ちゃんのせーじのレビュー・感想・評価

漁港の肉子ちゃん(2021年製作の映画)
3.7
290本目。Filmarks内でも賛否両論を巻き起こしていた本作。
ユニークなビジュアルと魅力的な座組に惹かれて鑑賞してみました。
(なお、原作も鑑賞後にパラパラと読んでいます)




…うん。
そこまで悪し様に叩かれなければならない作品ではないと思います。むしろ、全体的にはよく出来ている作品だと言えるのではないでしょうか。ただ、細かな部分のチューニングが悪く取られやすい出来になっちゃっていて、賛否両論が絶えないのはそのあたりが原因なのではないだろうか、とも思いました。そのあたりを意識しつつ、感想を書いてみることにします。

大本のストーリーを要約してしまうと「ヒロインが"友情"や"家族の絆"を確認して成長をしていく話」ということになるのだと思います。オーソドックスで安定感のある王道な物語ですよね。そこに本作最大の「個性」とも言える肉子ちゃんの存在が強烈に上乗せされているように描かれていて、そうすることでこの作品は作品としての面白さを引き立たせようとしている訳ですが、それらは概ね上手く出来ているのではないかと思います。実際アニメーションとしても、ストーリーとしても、肉子ちゃんは存在自体がとても面白かったですし、好感を持つことが出来るキャラにきちんとなっていたと思います。もっとも、意地の悪い見方をしてしまうと、肉子ちゃんだけが昭和のギャグアニメみたいなビジュアルなのに対し、ヒロインをはじめとする登場人物は令和のプロパーなアニメっぽいビジュアルなので、時空がねじ曲がっているようにも見えてしまう部分があるのですが、そのあたりこの作品は、力技で肉子ちゃんの存在の強烈さをアニメーションの面白さと大竹しのぶさんの演技の巧さによって強引にねじ伏せようとしてきていたので、自分は「お、おう…」とまんまと納得させられてしまいました。これが例えば『あたしンち』のみかんとみかんの母みたいに、全体的に"寄せる描き方"とかだったら、また全然違って見えるのでしょうけれども、まぁ、これはこれでアリなやり方だったのではないかなと思います。
そうなると、やはり詰めが甘いのかな…と思ってしまうのは、ヒロインであるキクリンこと喜久子ちゃんの、特に心理的な部分の描き方なのかな…と思いました。ご多分に漏れず、彼女も家庭環境の安定のために「いい子」の仮面を被り続けている子なのですけど、中盤、その仮面を脱ぎ捨てて「毒」を吐く場面が結構唐突気味に見えてしまったのですよね。観ていて「えっ、そんなゲスいことを考えていたの!?」と自分は思ってしまいました。そこまでの彼女が、あまりに精神的にオトナでお人よしに描かれ続けていたので、そこでキャラクターとしての一貫性が無いように感じられてしまったのです。もうちょっとその前の段階で"この子には「影」の部分がある"ということを兆候として描いた方が良かったのではないかなと思います。というか、キクリンが突出して可愛らしすぎるんですよね。最初中学生くらいの子なのかな…と思っていたんですけど、赤いランドセルを見てビックリしてしまいました。ボーイッシュに見せるというのは大いにアリだと思いますが(ちょいちょいオマージュしている『となりのトトロ』のサツキちゃんに似せているというのもあるのでしょうけれども)清廉で特別な美少女に描きすぎなんじゃないかなとは思いましたね。
また「腹痛」という要素の取り扱い方も、原作に比べてちょっとあまり巧くないのかなと思いました。原作を読むとよくわかるのですが、この作品では「腹痛」=「居場所の破滅」という前提条件が敷かれているのですけど、その説明が映画の序盤できちんと為されていなかったのですよね。キクリンほどのしっかりとした子がヒロインであるのなら、まかないを食べるシーンなどで「食べ過ぎない」ということをフックにその説明をさせることは可能だと思うのですけど、別にそのことについては触れていなかったですし。それが前提条件として敷かれていなかったから、ラストのオチである「ダブルミーニング」も機能していなかったのですよね。それゆえ「初潮」という出来事だけが鑑賞後に生々しく残ってしまい、雑に扱っているように見えてしまって、叩かれてしまうのだと思いました。そういう意味ではラストシーンの肉子ちゃんのリアクションもあまり良くないのかもしれないですね。(※ただし初潮ネタを物語のフックとして扱っている映画って、別に他にもあるんですけどね。魔女の宅急便とか千と千尋の神隠しとか。なのでそれをもって下品だと断じるのはちょっと違うのかなと思います。取り上げ方の問題でしょう)
全体的にはファンタジックな描写演出といい、肉子ちゃんの突出した明るさといい、ネガティヴな場面も内包しながらもポジティブさが全面に出ている明るい作品だと思いますが、今挙げたような細かい部分のブラッシュアップが足りていない作品なのだと思います。それにとなりのトトロオマージュは、そこまで幾つも要らないと思いますけどね。

※※

ということで、細かな部分が気になってしまうところもありますが、個人的には「まおも」(©Marrikuriさん)な作品でした。演者の演技も素晴らしかったです。ただちょっと、ちょっとだけ、プロデューサーの自意識が前に出ちゃってたかな…とも思わなくは無いですけど、それは仕方がないのかもなーとも思います。初めてだそうですし。
興味がある方はぜひぜひ。
せーじ

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