ラウぺ

戦場のメリークリスマス 4K 修復版のラウぺのネタバレレビュー・内容・結末

4.1

このレビューはネタバレを含みます

大島渚の作品が2023年に国立アーカイブに収録されることになり、最後の大規模公開とのこと。
最初の劇場公開以来の劇場鑑賞。

83年というと、たぶん高校2年生のとき。
まったく相容れない文化と政治体制の下で戦争に駆り出された者同士の相克と、ほんの僅かな相互理解の接点を描くテーマについてはそれなりの理解はありましたが、通底するゲイ要素と日本軍の描写についての違和感が拭えず、上手く消化しきれなかった印象がありました。

それから今日まで、最初のTV放映の際は見た記憶がありますが、少なくとも30年以上は本作を観ていません。
当初に感じた違和感と消化不良は解消できるのか?
年齢相応の理解力と人生経験の蓄積がモノをいうか試される機会でしたが、想像以上に当初の印象が覆ることはありませんでした。

映画の最初、まず驚くのが朝鮮籍日本兵がオランダ人捕虜のカマを掘ろうとしてハラ軍曹に切腹を命じられる場面。
戦争や監獄でカマを掘られる場面など決して珍しくないのですが、ここで感じる違和感とは、それで切腹という展開は果たしてあり得るのだろうか?というところ。
俘虜収容所での日本兵が捕虜に対して行った虐待については当然あったことは承知していますが、物語的に“盛り過ぎ”な印象は拭えず。
こうした日本兵の非人道的描写に対する違和感は冒頭のこの場面以外にも、セリアズが裁判の後にニセの銃殺刑に処されるところ、最初の朝鮮籍日本兵がヨノイ大尉によって最終的に切腹を命じられるところ、それを捕虜の代表に立ち合わせるところ、銃器の専門家のリストを拒否した捕虜長に対しヨノイが怒り、斬ると宣言して軍刀を抜く場面等々・・・
原作はローレンス・ヴァン・デル・ポストの短編から採られていますが、果たして日本人原作であったら、こうした極端と思える設定をしたであろうか?という疑念は拭い難いものがあります。
武士道に根差す建前を重んじ、名誉と恥をわきまえる旧日本軍の行動理念の表出として、ありえたかもという部分ではありますが、物語的にオーバーに脚色された感を拭うのは難しい。
日本人の心情にある程度理解を示すローレンス大尉はヴァン・デル・ポストその人の実体験による人物描写だと思いますが、捕虜長の空軍大佐は典型的ジョンブル堅気で、ヨノイ大尉やハラ軍曹のことを理解しようとしない。
ローレンスが英国軍人として捕虜長に相互理解を説こうとする描写はほぼなく、ローレンスの立ち位置はむしろ日本人寄りとさえ思える描写で、その立ち位置が収容所内でどのようなところにあるのか、描き方がやや浅いという印象があります。
一方で、ローレンスとハラの間には奇妙な相互理解が成立しており(無線機の発見を巡る事件とその顛末もハラが当初から収束の目算があったらしいことも含めて)これは物語の最終段において重要な要素となるわけですが、ヨノイがセリアズに特別の扱いをする理由は最初の裁判の場面からの経緯を見ると、少々唐突な印象があります。
ヨノイにはそもそもの性質からしてその気があったのか?と考えざるを得ない。
このあたりの機微について、やはり自分的に充分に理解できているとはいえない、咀嚼しているとはいえない部分だと認めざるを得ません。

とはいえ、先に述べたような日本軍のちょっとオーバーと思える描写や軍刀で捕虜を殴打する場面の明らかな手抜き演技などを除くと、カルチャーのまったく違う者同士のほんの僅かな心の接点を巡る物語としての大きな流れという点において、この作品の美点は普遍的で大変魅力的であることは疑いの余地はありません。

ヨノイがある意味ではセリアズに一方的な好意を示す中にあってセリアズはまったく我関せずという立場であり、セリアズは自らの欧米人的価値観の揺るぎない信念を貫き通す。
あのキスの場面でヨノイが昏倒するほどのショックを経てセリアズの“遺髪”を切りに訪れる場面は、ヨノイにとって自らがセリアズに出来るギリギリの愛情と尊敬の入り混じった行為であったに違いなく、ローレンスがそれを託された事実が明らかになったときに、ヨノイに撒かれた種がどれほどのものだったか、心に沁みるのでした。

また、ハラが最後にローレンスに見せる満面の笑み。
戦後になって日本兵が漏れなく持たされていた“重し”が取れ、ハラがようやく普通人の姿に立ち返ることができたときにローレンスに見せる親しみは、ハラの最期の晩にようやく叶った素直な友情の表情ともいえ、物語がそこで閉じられることのインパクトは相変わらず素晴らしいものがあるのでした。

ビートたけしの演技が本人的に相当恥かしいレベルであったようですが、あれこそがたけしの持ち味を最高に引き出した表情といえると思います。
映画人北野武の原点として、この作品の持つ意味は本人が思っていることと関わりなく、素晴らしいと断言できます。
ラウぺ

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