マンボー

Arc アークのマンボーのレビュー・感想・評価

Arc アーク(2021年製作の映画)
3.7
サイエンスフィクション、不老不死を得た人間の生死の哲学に踏み込んだ作品としては面白かった。

ただ映画はそもそも主に視覚に訴える媒体で、人物の身体的な動きや、メリハリの効いた変化があった方が多くの人に娯楽として面白がってもらえることもあり、そういう面白みには欠けているので、ディープなSFファンには面白くても、ライトな映画ファンには物足りない作品かもしれない。

学生時代、早川SF文庫を中心としたハインライン、クラーク、アシモフ、ブラッドベリやフィリップ・K・ディック、ウィリアム・ギブソンらの作品を読みあさっていたので、2010年代に入ってケン・リュウの作品が紹介されはじめた動きを知ってはいたが、仕事にかまけて本を手に取れずにいて、本作の公開を知って、ぜひ観たいと思っていた。

主人公の来歴のおぼろげさ、前衛芸術感ありありの序盤や、その延長のようにも見えるボディワーク社の怪しさに抵抗を感じたし、色のついたベテラン役者が次々に出てきて、今ひとつ役柄が入ってこなくて戸惑いもあったけれど、不老不死という王道のテーマを、独自の世界観と、いかにも考えられそうなエピソードだがそれを巧く組み合わせて、普遍的な物語に落とし込んでいて、さらに紆余曲折を経ながらも結局は、元の場所に立ち返る意味をなし、優美さや満足感をも想起させつつ、まさにノアの方舟をも意味する円弧(アーク)という題名も含めて、本作のストーリーはかなり知的な試みに昇華されていたと思う。

中盤以降の、不老不死により生き続ける人生のうつろな憂うつ感、不老不死だからこそ、それ以外の人々の脆さや、だからこその生命、出会いの喜びやありがたみが、うっすらと漂う無常感から浮き上がる構造も悪くない。

一般受けはしなさそうで悩ましいけれど、SFとして物語としては、意外な目新しさと面白さがあり、時間ができればケン・リュウ氏の他の作品も読んでみたいという気持ちにさせられた。