dalichoko

エッシャー通りの赤いポストのdalichokoのレビュー・感想・評価

5.0
園子温監督がこの混沌とした映画を取り上げたことの意味は、映画の最後に明確な説明がある。あの渋谷のスクランブルで周囲の”群衆”を睨みつけ「自由が奪われるぞ!」と叫んで疾走する二人。そしておぞましいワンカット。このシーンでずっと映画の中で抑え込んできた感情が涙となってぼろぼろ溢れ出た。かつて日本の若者がリードしてきた文化や自由な表現が大きな権力にとって押しつぶされてゆく中、この映画のタイトルの意味や映画の中で住示される”仮面”とか”群衆”というキーワードに全体の意味は、まだ未来があるという希望にも映る。

この映画で絶対的な存在は渡辺哲さん演じる映画プロデューサー。この権力に屈してゆくさまを映画は面白おかしく描いてゆく。俳優オーディションに群がる蟻のような群衆はまさに日本そのものだ。彼らの努力と園子温監督そのものである小林正という映画監督は、この権力に屈してゆく。しかし彼の背後には背後霊のように存在するかつての婚約者が控えている。モーガン茉愛羅さん演じる方子こそ、この映画の真実だ。方子にリードされて一度は成就するはずだった力ある素人俳優は、結局巨大な権力に屈してしまう。

エッシャーの騙し絵のようにめぐるめく多重性。ポストという象徴。映画の節々に出てくるタイトルの意味は深く重い。この混乱に混乱を重ねる刺激的な映画を単なる青春映画に止めてはいけないと思う。園子温監督に強い意思はおそらくもっと大きなものに向けられていると感じた。

ラストの群像劇は特に見応え十分。俳優陣の凄みある演技も見ものだ。予定調和に満たされて筋書きどおりに演じる力のない若い俳優が多い中、かつての大島渚らが試行錯誤した時代を思い起こさせる。戦いこそ真実だ。
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