おどろきの白鳥

茜色に焼かれるのおどろきの白鳥のレビュー・感想・評価

茜色に焼かれる(2021年製作の映画)
3.9
コロナ禍で示された日本人の悪い部分、日本の闇がすべて詰まっていました。
主人公である一人の主婦・田中良子(尾野真千子)と、その息子(和田庵)と、良子の女友達(片山友希)の3人に、いま日本中で起きている理不尽でひどい事件に似たことが、次々に襲ってきます。

冒頭の「池袋暴走自動車事件」を模したエピソードに始まり、コロナ禍、シングルマザー、DV、親が子をレイプ、非正規雇用不当解雇、新興宗教、不倫、老人介護、風俗・セックスワーカー差別、HPVワクチン未接種、末期癌、いじめ、いたずらの範疇を超えた傷害・放火……

最初の方は「一人の身にあまりに事件が頻発するのが現実感なさすぎる」と思っていたのですが、途中から違うことに気づきました。

短編映画『隔たる世界の2人』と、構造が似ているのかもしれません。
あれは、いろんな手段で殺された複数の黒人の死に方を、一人の黒人がタイプリープで何度も体験する作品でした。
同様に、本作の主人公は一度きりの人生ではあっても、日本中にいるたくさんいる「社会的弱者」そのものが、一人の人間という形に凝縮された存在なのだろうと。
数千、数万の、怒りながらも媚びを売り、惨めな気持ちを胸に秘めて、笑ってやりすごしながら、歯を食いしばって生き、公助の一切もなく自助だけで懸命に踏ん張っているこの国の人々の化身なのでしょう。

人によっては、一種の活動家向けフィルムと思われてしまうかもしれません。

特に、「日本はすごい」「日本は幸せな国だ」って幻想の中で暮らしたい欲求が強く、長いもの(体制側)巻かれたい人~ネトウヨやレイシストには、「日本を貶めるとはとんでもない奴だ」と嫌悪感を抱かれ、この映画を否定すると思います。
『万引き家族』『新聞記者』へクレームを入れていたような人々ですね。

もしくは、映画にエンタメしか求めない人には、ドラマ性が薄く、メッセージ性が強すぎてつまらない映画にしか思えないかもしれません。

でも、私は尾野さんの魂込めた、いや鬼気迫る演技に引き込まれました。
涙や怒りをため込んで貧乏ゆすりをしながら、気丈に笑う姿に衝撃を受けました。
真っ暗になる直前の時間帯、逢魔ヶ刻の茜色の夕暮れに、まるで地獄の劫火に焼かれて瀕死の姿に見えながらも、笑った顔のまま涙を流し「頑張ろう」という姿。
戦争で何もかも失っても立ち上がった、朝ドラ『カーネーション』での尾野さんにも重なりました。

彼女の姿に、日本はこのまま様々な問題を放置して、弱者を見殺しにし、夜を迎えていいのであろうか、と考えさせられました。