平野レミゼラブル

ジャーニー 太古アラビア半島での奇跡と戦いの物語の平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

2.4
【かわいそうなぞう】
しまった……!初対面なのになんかやたらフレンドリーに話しかけてくるし、お茶まで誘ってくるから(あれ?この子、俺に気があるのかな?)と思って意気揚々とファミレスで一緒に食事をしたら、突然「あなたは神を信じますか?」って聞いてくるタイプの映画だった……!!

東映アニメーションがサウジアラビアのアニメスタジオ「マンガプロダクションズ」と共同で製作した歴史アニメーションでして、物語の内容はメッカを破壊・支配する為に攻めて来た敵将アブラハから、愛する家族やメッカを守るため立ち上がった主人公のアウスを始めとしたメッカ軍の人々の奮戦を描く戦記モノです。どうでもいいですが「マンガプロダクションズ」って名前良いですね。アニメをマンガって呼ぶお母さんみがあって。
それはともかく、この異色の組み合わせによって、太古アラビアの歴史背景や宗教観などは本国のしっかりした監修を受けていて現地の人が観ても違和感がない歴史や風土描写(アラビアでは太陽が赤いというイメージがないため、太陽の色が黄色だったり)だとか。それでいながら、キャラクターデザインや監督諸々には日本人が参戦しているため、歴史描写に違和感がないながらも頭デッカチにならず、いかに外連味があるように見せるかという折衷案を提示してアニメ表現を映えさせる娯楽的要素も満たしています。
そのため、この日本とサウジアラビアの異色のタッグは中々相性が良く、他にない凄いアニメが観られるぞ!と期待していたのですが……

開始早々、現在メッカが置かれている状況が静止画の地図や止め絵を用いてアウス(Cv古谷徹)ナレーションで長々と語られるという何とも微妙なスタート。
ま…まあ状況確認は大事だしな……と思いながらも、アブラハ軍が迫る中でムハブ隊長(Cv中井和哉)が兵を集めて士気を高めている本編に入っても決してべしゃりを止めない古谷徹に不安を覚えます。
本作、声優が喋っていない部分の方が稀なレベルでして、この隊長が演説している最中にも(コイツの名は○○)とモノローグでの人物紹介を容赦なくブチ込んだり、あろうことかキャラ同士が演説そっちのけで実際にお喋りを始める始末なので非常に五月蠅い。というか、折角隊長の中井和哉が士気上げるために演説ぶってる最中だってのにベラベラ喋ってるんじゃねェよ!!士気上げる気あんのかお前ら!!

さらに凄いのがその回想頻度の異常なまでの多さ。この演説の最中に3回くらい回想を挿し込んでくるんですからもう凄い。
しかも、冒頭からアウスが何か秘めたる過去を持っているみたいな伏線を持たせてるんですけど、数分後の回想で実はアウスは元盗賊で、盗みに入った先の家で逆に親切にされて改心し、そこの娘と結婚までさせてもらった恩と贖罪から戦いに参じていた…ってことがあっさり明かされるのでズッコケる。これ、もっと勿体ぶるヤツじゃないの!?あと匂わせるとかじゃなく、全部喋って説明しちゃったよ!?

この時点で相当「妙だな…」とは思っていたんですが、いよいよ妙なことになっていくのが演説終わり。アウスの元盗賊仲間で現在は傭兵として飯のためだけに参加しているズララ(Cv神谷浩史)が、トラブルを起こし「俺は信仰の為に戦うお前らお人好しの偽善者とは違う!」と主張した時、アウスは「それは違う!俺は信仰のおかげで変われたんだ!義父さんから聞かされた素晴らしい奇跡の話で盗賊から改心できた!!」と反論し、その奇跡の話を滔々と始めるのです。
この瞬間、この映画は「そういう映画」だとやっと理解。しまった…!ファミレス入る前は普通だったんだけどな……なんか話の端々に尊敬する人が見え隠れした辺りで気付くべきだったな……

まあ、その奇跡の話が面白ければまだ良いんですけど、内容が完全にアラビア版『ノアの方舟』なんですよ。そんなの日本人の僕でも知ってる話なんですよ。
話の見せ方も、絵自体は美麗なんだけど申し訳程度に動く紙芝居レベルなんで、迫力のアニメーションを期待して観た身からすると拍子抜けも拍子抜けなんスよ。あと、おまけにこの説話、あと2回唐突に本編中断してブチ込んできますからね。預言者フードとタワブの話は知らなかったけど、もう一つはモーセの海割りの説話だからやっぱり新鮮味がないし。

まあ凄い宗教観が強い作品ではありまして、一応誤解ないようにこれだけは言っておきたいんですけど、ハッピーなサイエンスって感じの映画とはまた違うと思います(ハッピーなサイエンスの方は全然観たことないのにこう言うのもアレなんですが…)。どっちかと言うと本作、アラビア諸国の子供たちに向けた教育アニメって側面が強い感じでして、だからこそノアとかモーセとかの今更感ある説話が挿入されているんですね。
となると、正直なところこれを単純なエンタメとして評価すること自体が若干ズレている感じはしなくもない。教育テレビとか、地方の博物館でノンストップで流されている郷土の人物の業績を紹介するアニメに対して演出がどうこう批評する方がナンセンスですので。

となると、僕の方が本作の楽しみ方の姿勢を変えるべきなんですよね。よって1回目の回想が終わった辺りから、宗教関係の話に脳内で茶々を入れる感じに楽しみ方をシフトチェンジ!!(人間性最悪)そのため、2回目の奇跡の話になると「またかよ!!」と突っ込みを入れながら思わず噴き出し、それ以降はほぼギャグとして捉えて割と楽しんでいました。最後の奇跡に至っては勢いがあまりに凄くて大爆笑。
あと散々本編でアブラハ軍の主力として猛威を振るっていた象さんが酷い目に遭いまくるので、ほぼ劇場アニメ版『かわいそうなぞう』。象さんが何をやったってんだよ!!って具合にかわいそうなぞう過ぎて涙がちょちょ切れる。

奇跡の話除いても、アニメの質はお世辞にも高いとは言えないし、そもそも登場人物の心情までベラベラ喋り通してるので映像表現としてもアレな部分は目立ちます。
ただ、声は古谷徹、神谷浩史、中井和哉、中村悠一、三石琴乃、黒田崇矢…と日本の実力派人気声優が務めており(全世界共通で日本人声優のため英語字幕がついている)、凄い熱量で美声が押し寄せてくるのでちゃんと迫力はある。むしろ良い声で有難い奇跡の話を滔々と語られると、何か悟りめいたものも目覚めてきそうな気すらしますね。
そんな感じで、普通に観る分にはオススメし難いのですが、超豪華な教育アニメとしては良いんじゃないかって塩梅でござい。