沖縄県民のために生きた ひとりの兵庫県民の話
「地位や財産の有無ではなく、後から拝まれる人。すなわち死後、慕われる人である」とは西郷隆盛の言葉だ。島田叡は彼を人生の師と仰ぎ尊敬していたという。その言葉を体現したような人物だと多くの人が語る。
軍の意向がそのまま民の行動に直結するような時代に、当時は持つことが許されなかった“人間性”に溢れた人物であった。
「県民がどれだけ死んだか知っているだろう。私ほど県民の力になれなかった知事はいない」地獄の戦場と称された沖縄で数少ない希望の光をいくつも灯した人物が残した最後の言葉に心動かされる。