なっこ

テーラー 人生の仕立て屋のなっこのレビュー・感想・評価

テーラー 人生の仕立て屋(2020年製作の映画)
3.0
久しぶりに映画らしい映画を見た、というのが最初の印象。

ナレーションが入らない。
あれ、それって普通のことだったかな…ここのところ、心の声まで聞こえてしまうドラマを見慣れてしまっていたからだろうか。『生きるーLIVING 』を見てから黒澤版を見たときにもあれ?こんなト書そのまま読んだみたいなナレーションが入るのか、とちょっと面食らったのを思い出した。

冒頭は音楽と映像のみでリズム良く始まる。そのお洒落さにうっとりしてしまった。説明が少ない分、いろいろ考えながらついていく。外国映画ってこんなんだったなあと久しぶりに感じさせてもらった。

ミシンの音は、ニコスの鼓動
ニコスの心臓
戸惑ったとき落ち着かないとき彼は足でトントンとミシンを踏む仕草をする
きっとそれが彼を落ち着かせる魔法

こんな風に自分を励まし
前に進ませる音って自分にはあるだろうか
なんてふと考えてしまった

あらすじを軽く読んだくらいだったので、完全に主人公が新たに路上販売を始めてお客さんと触れ合ってくstoryだと思っていたら、それだけじゃなかったのね
もうひとり大事な登場人物がいた

仕立て屋のニコスにお針子のオルガ
このふたりのstoryでもあったのね

彼をいつも励まして元気づけてくれる近所の少女、その母親がオルガ
彼女が画面に出てきてすぐに分かった

彼はいつも窓から彼女を見上げてたんだなって

彼女の洗濯物が落ちて来る
一枚のワンピース
それを元に女性ものの洋服を作り始めるニコス

洋裁の出来る彼女と女性ものの洋服を一緒に作り始める、それがひとつの契機となってやがてウェディングドレスの注文を受けるところにまでたどり着く

どうしてこの美しいオルガをヒロインにしなかったのだろうか、なんてふと考える

彼女は人妻だったのだけれど

夫はオルガはお金に困っていない、とニコスに繰り返し言う
でも彼女の望みは明らかに服作りに取り組むことだった

しかしながら、彼女がそればかりに集中してしまうことに夫はもちろん、娘も面白くない…この辺りからちょっと不穏な感じがしてきて…私は主人公よりもこの主婦のオルガが気になって仕方なかった。

道ならぬ恋もさらりと描く、その匙加減が外国映画らしく大人っぽくはある。

ラスト近くのシーンで娘と会話するオルガを思い返しているとふと、物語のこの先を明るいものに想像すると、彼女のやりたいことは、いまじゃないだけできっといつかは叶うことなんじゃないかなと、そんな予感のある終わり方だったかなと思えるようになった。

子どもが子どもでいられる時間は案外短い。特に女の子は精神的にも早く大人になってしまう。それでもやはり、家庭の中心であり、お姫さまのように振る舞っても許されるような時間はたっぷりと与えられるべきだと私は思う。どうせみんなただの大人になるのだから。本物のお姫さまにはなかなかなれない。だからこそ濃密な愛情たっぷりの親子の時間はしっかりあるべきだと思う。少女にとってはこの映画の切り取られた時間こそがその時期だったのだと気が付いた。

きっとね、すぐに興味が他に移ってママなんか必要なくなるのよ。さっさとボーイフレンドとか作ってさ、夢中になって、あなたも自分の恋愛どころじゃなくなるわよ、娘の心配で…

なんてことをオルガの友だち気分で話しかけてみる。そう、もしも私が彼女の友だちだったなら、きっとそんな風に言った。

時が許せばきっとあなたにも娘にもハッピーなエンディングが訪れるはずよ、そのための遠回りよ。
人生は長いの、全てを手に入れたいのなら、焦ってはだめよ。

オルガを応援するつもりでいたけれど、まるで自分にも言い聞かせるように、必死でそんな言葉を紡いでいた。
なっこ

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