このレビューはネタバレを含みます
あみ子に応答するのは?
原作は今村夏子のデビュー作となる同名小説
冒頭、継母はあみ子のことを「あみ子さん」と呼び、実母ではないことが分かる。継母は習字教室の先生をしている。子どもたちや、その親からの評価に晒されるので、自分だけでなく、あみ子にも世間体を気にするよう強いてしまう。
しかし、あみ子は自分の興味や考えを大切にして生きていく性格で、継母からの説教中も継母のほくろが気になってしょうがない。あみ子が継母の目を見て話せるようになるかが物語の重要ポイントになるような展開だ。
タイトルの「こちらあみ子」は父からの誕生日プレゼントでもらったトランシーバーに由来する。
友人のノリ君とスパイごっこをやるのを楽しみにしていたあみ子だったが、ノリ君はあみ子を相手にしない。無理矢理ノリ君にクッキーを食べさせることには成功したが、それ以上のコミュニケーショがとれない。
誰が「こちらあみ子」に応答してくれるのかも注目ポイントになってくる。
継母の死産で物語は展開する。継母は自分の帰りを待っていたあみ子に優しさを見出し、ありのままのあみ子を受け入れ始める。あみ子も内心、姉になれなかったことに失望していたが、立ち直りは早かった。あみ子からすれば、一度も見ていない弟の存在は不確かなもので、扱い方がわからなかったのだろう。この不確かさとの付き合い方として、あみ子は弟の墓を作ることにする。「弟の墓」と書くよう頼むが、乗り気じゃないノリ君。親から言われて、渋々あみ子に優しくしていると白状する。あみ子とノリ君の行方も気になってくる。
弟の墓が原因で継母は病んでしまい、兄は不良に、あみ子は中学生になっていた。部屋で1人オセロに興じていると、どこからともなく変な音が聞こえてくる。父を頼りにするが、あみ子を可愛がってくれる父ではなくなっていた。指だけであみ子を部屋から追い出す父の描写に感情が乱される。
あみ子に友達が出来た。習字教室の生徒だった男の子だ。ぶっきらぼうだけど、あみ子への優しさが伝わってくる。しかし、あみ子の言う変な音に関しては、彼も力にはなってくれなかった。そして、あみ子は変な音の正体をおばけだと考え、おばけたちと仲良くなることを試みる。
あみ子流におばけと向き合うが、怖いものは怖い。一方、継母の精神が良くならないので、あみ子は引っ越すことになる。荷造りのシーンでは、あのトランシーバーが、成仏出来なかった弟とのコミュニケーションツールになると語るあみ子に、「弟ではなく、妹だった」と父が告げる。父は継母の死産をあみ子に伝えることから逃げていたのだ。
あみ子の頭の中はおばけでいっぱい。テスト中も「おばけなんてないさ」を歌ってしまう。あみ子は憩いの場である保健室に行く。そこに体調不良のノリ君がやって来る。あみ子はあみ子なりにノリ君を気遣うが、ノリ君は反応しない。ついに口を開いたノリ君に、あみ子は「好きじゃ!」と連呼するが、ノリ君の答えは「殺す」だった。親のおかげで成り立っていた2人の関係は脆くも崩れさってしまう。もしかすると、継母の習字教室も無くなり、ノリ君の親は、もうあみ子に優しくする必要は無いと判断したのかもしれない。
ノリ君に鼻を折られたあみ子は、誰も居ない部屋で、どこかの誰かに呼びかける。あみ子の声に応答するのはベランダから聞こえる変な音だけだった。来るはずのない兄に助けを求めると、ド派手な風貌になった兄が、ベランダに出来ていた鳩の巣を投げ飛ばす。おばけは嘘だった。あみ子に応答してくれたのは、兄だったのだ。
おばけ問題が解決し、引っ越しが迫るあみ子。鼻を折られても、あみ子はノリ君のことが気になっていた。あの習字教室の男の子に漢字の読み方を教えてもらい、ノリ君は鷲尾佳範という名前だと知る。そして、あみ子は、ノリ君が自分を気持ち悪いと思っていたことも知る。初めて、自分のどこが気持ち悪いのか自省するあみ子だったが、ついに答えを聞くことはなかった。きっと、男の子なりの優しさで応答したのだと思う。
お婆ちゃんの家に引っ越したあみ子。実は引っ越すのは自分だけで、父は継母のもとに帰るという。実質的に父から見放されたあみ子は歩く。まだ暗い早朝の田舎をひたすら歩く。たどり着いた海岸線からは手招きをするおばけたちが見える。あみ子はおばけたちに手を振り、別れを告げる。生死の境で、あみ子は"生"をとったということだ。あみ子は大丈夫なのだ。