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スティルウォーターのnetfilmsのレビュー・感想・評価

スティルウォーター(2021年製作の映画)
4.2
 ビル・ベイカー(マット・デイモン)は工事現場で汗を掻きながら、黙々と解体作業に勤しむ。その姿はブルー・カラーの労働者そのものと言っていい。今の現場が終われば、また次の現場で力仕事に精を出す。その上彼がかつて石油掘削作業員だった事実が明かされると、孤独な半生を背負いし背中に重みが増す。貧しい平屋では年老いた母が彼の帰りを待つのだが、2人の様子はサバサバしていてそれ程親密には見えない。日々の生活に疲れ、酒浸りとなるビルの机の上には母が捨てないように取っておいた娘の写真があった。映画は『ノマドランド』のようなアメリカの「分断」を象徴する物語に見えて、その実まったく違う展開を見せる。いや今作がトランプ以後の「分断」を象徴する映画であるのは疑いようもないのだが、ここで描かれるのは我々が思うより遥かに複雑なレイヤーの物語だ。1度しか観ていないので断言は出来ないが、今作にはオクラホマのスティルウォーターからマルセイユに向かうまでの飛行機の移動が描かれていない。その道程は長く大変なものだが、ショットが変わると簡易ホテルのロビーにビルの姿はある。翌日は朝が早く、ベッドに潜り込んだ男は隣室の騒音で眠れず、クレームを言いに扉を開けるのだが、それがヴィルジニー(カミーユ・コッタン)との出会いだった。

 今作はビル・ベイカーが娘の無実を晴らす物語だが、ミステリー・スリラーにもシングル・マザーとのラブ・ストーリーにも「分断」を現した映画にも如何様にも見える。ビルと彼の愛娘であるアリソン・ベイカー(アビゲイル・ブレスリン)との関係も一筋縄では行かない複雑なものだ。新証言の書かれた彼女の手紙を携えて、男は縁もゆかりもないマルセイユの街を東奔西走する。オクラホマでは自然と根を下ろし、生活出来ていたものが異国の地ではそうはいかない。既に判決の出た裁判をやり直そうと思う人間などこの世にはおらず、彼女の無実を晴らそうと味方になってやれる人物は、父親と体力的に国外への移動の厳しい祖母くらいしかいないのだ。父と娘だけが血の繋がる家族だが、誰かが誰かを支えている。食卓に集う人々の姿は、疑似家族にも見えて来る。ビルはトランプに投票しなかったのではなく、出来なかったと呟く。かつて石油掘削作業員だった男にとって、舞台女優の異国人との暮らしを繋ぐのは英語力と人としての尊厳と思いやりだけだ。異国の地では他者を認めることでしか前に進めない。回想場面を一切排し、今作は現在進行形の贖罪の物語を紡いでいるように見えて、そこには悪意のない「嘘」がある。「嘘」を前提としても物事が上手く行くならばそれで良いのかもしれないが、世界の在り様はそんなに単純ではない。

 田舎町オクラホマでは孤独な息子というポジションを演じていれば良かった男が、言葉通りの父ともう1人の父とパートナーの役と1人3役をこなしていたことを冷静に噛み締める。クライマックスに父と娘が話した何気ない会話の意味はあまりにも重い。あの言葉に父と娘が異国の地で暮らした時間の重さがとめどなく溢れ出し、思わず涙腺が緩んだ。あまり話題にならないのが勿体ないほど、緻密な脚本に裏打ちされた年間ベスト10級の傑作だ。