ちこちゃん

スティルウォーターのちこちゃんのレビュー・感想・評価

スティルウォーター(2021年製作の映画)
4.4
「人生は冷酷だ」

主人公ビルが話した言葉である。
この言葉がこの映画を表しているように思う。でも、思いの外、深く考えられて作られた映画だと感じた。

主人公ビルはアメリカのオクラホマで油田を掘削する労働者であったがリストラをされて、今は竜巻で破壊された場所の後片付けをする日雇い労働者である
所謂 典型的な保守系白人男性で労働者階級、それはレイオフされた会社の野球帽、ジーンズ、リュックに刺青がある出立ち、食事で祈りをささげる敬虔なクリスチャン、日銭での生活、トランプに投票したのかというセリフでも、それが表現されている。アメリカの繁栄から取り残された持たざる者を代表している

娘アリソンはそんな父親から離れて自分の人生を生きたいとフランス マルセイユで大学に通う。しかし、イスラム教徒のアラブ系女性と同棲したが、その女性を殺した罪で服役中である。アリソンは無実を訴えているが、弁護士に取り合ってもらえない。マルセイユでも地元住民のイスラム教徒の移民に対する憎悪はアラブの人を誰でもいいから刑務所に送れば良いというセリフで示されている。

アメリカとフランス、国は違うが、抱えている今の問題は共通している。 貧富の格差、階級の格差、宗教の違い、移民の問題、日常に横たわる憎悪。それらを背景として編み込みながら映画は描かれていく。


娘アリソンはアル中で犯罪歴のある父ビルのことを信用出来ず、能力を見限っている。それに対し、ビルは自分のやり方で娘の無罪を明らかにしようとする。フランスの言語や文化の壁にぶち当たりながら、自分の正義を貫こうとするが、それが結果的にマルセイユで得た温かい幸せをも破壊する。

すべてが終わり、スティルウオーターに戻ったアリソンとビル。ここは何も変わらないというアリソンに対し、ビルは全てが違って見えると答える。
自分を全く違う文化の中に置き、人を愛し、子供から信頼された今までの人生にない経験をしたビルにとって、今までのオクラホマの風景は違って見えたということだろう。
ただ、持てざる者としての人生はそのまま冷酷に続いていく。そして持てざる者の子供もまた持てざる者にしかなれない。

地味だが心に重いものが残る映画である。マットデイモンが複雑なキャラクターのビルを好演している。そしてフランスで出会った子供のマヤがとてもかわいくて存在感がある。
謎解きはあるもののサスペンス感は少なく、むしろ日本的な視点ではなく、この映画が描きたかった今各国で起こっている現実を考えさせてくれる良い映画だと思う。
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