Kuuta

スティルウォーターのKuutaのレビュー・感想・評価

スティルウォーター(2021年製作の映画)
3.9
秀作。「スポットライト 世紀のスクープ」のトーマス・マッカーシー監督。このおじさん映画撮るのうまい。

帽子を被り、扉を閉め続ける男(マット・デイモン)と、窓を開けて光を取り入れる女。男はアメリカ的な正義を撒き散らし、殻に篭り、以前と変わらずに地下を掘り進める。

思い込みが行き着く先に待つ最悪の「閉じ込め」。主張を押し付け、"as you wish"と言われるがまま行動してきた男は、誰かに悪を背負わせる過程で、周囲に救われ、周囲を傷付けてきた現実を突き付けられる。

アメリカのシーンはカメラを揺らさずに撮っている。彼の世界の閉塞感を示しており、ファーストショットから扉の中に閉じ込められる構図が頻発する。誰にも見向きもされない白人労働者の、硬直した世界観がじわじわと描かれていく。

男は飛行機に乗ってマルセイユへ向かう。機内シーンが終わる直前、彼の前を客室乗務員が通り過ぎる。ホテルの部屋の前では幼い少女がサッカーをしている。車も、バイクも、エレベーターも、歩行者も、シーン終わりに彼に重なるように動き、視界を掻き乱す。

依然としてフレーム内フレームの構図は多いものの、マルセイユでカメラは手持ちに変わり、画面は揺れ、パンが増え出す。粗野なアメリカ人が好奇と嫌悪の目線に晒されながら、母国での閉塞感を打破するように美しい街を歩き、やがて抜けのいい海に辿り着く。

(彼の仕事は廃墟の片付けから、建設工事に少しだけ変化する。彼を救う世界の広がりは、女性に運転を譲ることでもたらされている)

階級は親から継承される。娘の中盤の行動は母親の後を追っているようで辛いし、女優の娘も最後に演じる事を覚える。娘もまた、父と同様に失敗を重ね、フレーム内フレームに閉じ込められており、ラストシーン、その姿を見た父は、劇中繰り返されてきたように「対峙」するのではなく、横並びに座って話し出す。

この場面、カメラが微かに揺れている。画面の奥では車も通り過ぎている。マルセイユの運動が、どん詰まりだった空気を揺らしているのだ。娘は前を見ようとせず、視線を逸らす。しかし父の目線は、動き始めた世界を確かに捉えている。

このシーンは、カメラのレンズもマルセイユロケで使った物に変えているそうだ。自分にはよく分からなかったが、マルセイユでは広角レンズが印象的に使われていたのでそれなのかなと。サングラスで曇ってきた視界から、被写界深度の深いパンフォーカスのような世界観への移行?

3人で英語で話している時、2人が母国語でより楽しげに会話を始めて疎外感を味わう経験ってあるあるネタなんだなと思った(「俺と話すのは負担なんだな」と悲しくなる、当たり前だけど)。ビルの異邦人の感覚、孤独感と、それでも向き合おうとしてくれるフランス人親子の姿勢。冷たくも暖かい不思議な空気が流れていた。

アメリカにまとわりつく腐臭に接近していく展開はスポットライトと近い。ただ、あちらは精緻な調査によってその輪郭を明らかにする話だったが、今作は真実を調べるほど深みにはまっていく。

ブルーカラーとリベラルな演劇人の対比はやや記号的な気も。どこを削れば良いのかは見当もつかないが、140分はちょっと長く感じた。78点。
Kuuta

Kuuta