幽斎

スティルウォーターの幽斎のレビュー・感想・評価

スティルウォーター(2021年製作の映画)
3.8
「Stillwater」私の友人はタイトルを見て水資源の争奪戦だと勘違いしてた(笑)。実際はタイトルには強いメッセージが込められるが、ソレをアメリカを知らない日本人が聞いても大概は意味不明だろう。MOVIX京都で鑑賞。

スティルウォーターはオクラホマ州の地方都市で人口は約40000人。街はオクラホマ州立大学で成り立つ学園都市で、学生だけで20000人以上居る。市民の殆どは白人で経済レベルは下位に属する。保守派が大勢を占め共和党支持者が多く、敬虔なキリスト教信者が多い。大学で経済を回すのは京都も同じで、違いが有るとすれば観光業の差だろう。因みに姉妹都市は京都の亀岡。保津川の様な川下りが有名?(笑)。

Matt Damon、51歳は民主党支持で有名。政権批判を度々口にして物議を醸すが、親友Ben Affleckと共に女性蔑視の発言も目立ち、日本人が思う程ハリウッドではイメージは良くない。リベラルな思想を隠す様に典型的なアメリカ人を演じる事が多く、レビュー済「フォードvsフェラーリ」「サバービコン 仮面を被った街」。まぁルックスがどう見てもアメリカンなので「ジェイソン・ボーン」もサマに成る訳だが。

名誉の為に補足すると慈善活動家でも有名。「ウォーター」絡みで言えば、世界的な水不足。日本ではピンと来ないかもしれないが、石油に代わるライフ・サスティナブルは「水」だと言われており、世界中で水資源の争奪戦が展開されてる。中国も北海道の土地を買い漁ってるが、それも水資源が狙い。彼は「Water.org」ファウンダーとして水道の普及に尽力してる。
water.org/about-us/founders-board-team

Matt Damonは早々にフランスに旅立つ。つまりタイトルで主人公が保守派の人間、と言う事で簡略化して先に進むので、もう少し丁寧に説明する必要が有るんじゃ?と劇場で不親切感を抱いた。その目的が「殺人で収監された娘の無実を晴らす」。それを聞いて「96時間」でも始まるのかと誤解したが(笑)、「スポットライト 世紀のスクープ」Tom McCarthy監督が、アクション・スリラーを撮る訳ない。撮影は McCarthy御用達の群馬県出身の高柳雅暢氏。彼はオスカーを決めるアカデミー会員でも有る。

プロット的には典型的な保守派のアメリカ人が、異邦人に最も厳しいフランス人と関わる事で、自分が「余所者」で有る事を自覚、そのシチュエーションを打破するのが物語のテリング。「スポットライト 世紀のスクープ」とは反対に群像劇から離れ、ボッチのキャラクターを鮮明にする。なぜ白人の労働者階級を際立たせるかと言えば、リベラルなMatt Damonは、共和党を支持する人達は「アメリカン・ファースト」。アメリカこそ世界の代弁者、理想で有ると信じて疑わない、とMatt Damonは思ってる訳です。故に本作の評価も北米では真っ二つに割れてる。

言い換えれば回りクドイ演出で「アメリカン・ファースト」は世間知らずだと冷笑してる。共和党支持者は「強いアメリカ」こそ本質で有り、自分の国以外には興味が無いと誤解されてる。お言葉を返すようですが、何の為の世界最高の軍事力なのか、ウクライナ侵攻も共和党政権なら、事が起きる前にロシアを牽制し積極的に仲介に乗り出すだろう、北朝鮮に対して空母を並べてカリアゲ君を誘き出した様に。

私もフランスに行った時、京都人のプライドをズタズタにされた。京都市はパリと姉妹都市なのに(笑)。フランスの街角でシャレオツにCafé Au Laitでも飲もうモノなら、先ず日本人の英語は完全に無視される。私はイギリス英語を学んだ経験が有るので、プロナンシィは出来るが「コーヒー」1つ取っても、ワザと分らない振りをする。私の祖母なんか東京に行く事を「下向」と言うし「いけず」の文化も有るし、流石は姉妹都市(笑)。

話が脱線しましたが、フランスではMatt Damonはエイリアン(本来の意味は異邦人)扱いされ「アメリカン・ファースト」が全く通用しない事を思い知らされる。フランス自体が闘争の歴史で、イギリスやドイツの列強国と絶えず摩擦を繰り返した。先進国では早くから移民を受け入れたが、そうしないと国内の経済が回らない。結果として白人のフランス人には仕事が無く、G7の中で最も格差社会に蝕まれてる。労働階級の人は貧困スレスレ。その中に放り込む事で「アメリカン・ファースト」など紙屑同然の価値観だと嘯く。

【ペルージャ留学生殺害事件】
Amanda Knoxと交際相手のRaffaele Sollecitは、ルームメイトのイギリス人Meredith Kercherを部屋でレイプして喉を鋭利な刃物で刺して殺した疑いで逮捕された。彼らには禁固26年と25年の有罪判決が下された。しかし、控訴審は2人に逆転無罪判決を言い渡した。この裁判はアメリカで支援団体が活動、ショーケースで盛んに取り上げられた。事件は名匠Michael Winterbottom監督「天使が消えた街」Kate Beckinsale主演で映画化。Abigail Breslinの事件は、この出来事をインスパイアしてる。

本作は一見すると良い映画に観えるが、Filmarksで絶賛されるのを見ると、軽い違和感も覚える。リベラル派が一方的にコンサヴァティブ派に対し、視野を広げろとか耳障りの良い事を言ってるつもりだろうが、私は違う気がする。特定の思想信条を腐すのでは無く、偏った意見で社会の分断が進む、今のアメリカが正にその通り。貧困層も富裕層も男性も女性もキリスト教もイスラム教も関係なく、分断を作ってるのは自分自身だと気付くべき。それを脳に優しくMcCarthy監督は問い掛ける。私は「頭のキレる人は難しい話を簡単に説明する」と言う言葉を思い出した。

テーマは「壊れたモノを修復する」含意が止まらない、コンサヴァティブへの自省映画。
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