霜月

ディア・エヴァン・ハンセンの霜月のレビュー・感想・評価

4.4
事実だけを追ってしまえば、社会問題を提起する要素が強すぎるように思えます。しかし着目すべきは、その事実の間に干渉する人と人との関係性です。

主人公が、ある家族のためを想ってついた一つの些細な嘘。その優しさが、人を救い、人を傷つける。そして自分自身のことを責めてしまう。周囲の人との繋がりによって、その闇から抜け出そうとする様を描いています。だれかに見つけてもらいたい。わたしがここで生きている存在価値の証明を。認めてほしい。誰もが一度は感じたことがあるはずで。素晴らしい音楽と言葉の力で、人々の繊細な部分をあたたかく包み込んでくれる、そんな作品です。

当事者意識の薄い匿名社会を生きる人にとって身近であろう、現代社会問題が複雑に絡み合ったストーリー。誰もが当事者として見ることができ、他人事だとは思えないような描き方がされています。世の中のあれこれが“話題性”で決まり、画面越しでのみ得た情報で匿名批評を行う。いいね!や低評価など、記号化された平面的感情で生きる時代。私は、この作品の純粋な優しさに充てられて、それが眩しすぎて、つらくなりました。

忙しない現代を生き抜くす術として、他人に期待しないこと、孤独に慣れること、偽って生きることを余儀なくされ、無意識の領域で痛みを我慢をしている人が多いように感じています。

時代によってつくられた大きな傷口は、真っ白な優しさで癒やすことができるのでしょうか。勿論、この素晴らしい音楽と言葉の力に救われて、気持ちが楽になる人もいるでしょう。しかし私は、ほんの少しだけ、この作品を超偽善的映画だと感じてしまいました。それは、仕方がない事だと思うのです。優しさに根拠は無いのだから。そう感じたのは、私だけでは無いはず…。

一方で、希望も感じられました。こんな時代だからこそ、リアルでは届かない叫びも、世界のどこかの国の誰かに伝わって、その何気ない言葉に助けられることがあるかもしれない。逆にいえば、世界中の人と友達になる事ができて、現実では吐露できない悲しみを抱えるひとに、寄り添うことができるかもしれない。リアルでの知り合いでは無いからこそ、話し易かったり。思い返せば、そんな経験がいくつもあります。

時代と人々の生活様式がどれだけ変わっても、人のぬくもりや想いが、そのままの形で、正しく受け止められる世界であってほしい。沢山の人々がこの映画を鑑賞し、関わりのある誰かのために、そして自分自身に対しても優しくなれますように。そして救われる人がいますように。

この1本の映画を通して、ここに書き切る事ができないほど、非常に多くのことを考えさせられました。

東京国際映画祭にて鑑賞。