ヨーク

ジャズ・ロフトのヨークのレビュー・感想・評価

ジャズ・ロフト(2015年製作の映画)
3.9
これはめっちゃ面白かった。音楽ドキュメンタリー、特にジャズ好きなんでジャズの音楽ドキュメンタリーともなると時間が許す限りは観に行くようにしようと思っているのだが、こいつは観て良かったですね。
ちなみに本作のメイン被写体であるユージーン・スミスといえばちょっと前に全国公開していたが見逃した映画『MINAMATA―ミナマタ―』で主役としてジョニー・デップが演じていたわけだが俺は名前くらいしか知りませんでした。なんか凄い報道写真家らしいよっていうくらいのイメージ。本作は彼の半生とその作品の紹介もあったのでそこもお勉強的な感じではあるが面白かったな。特にユージーンが自分の写真を加工しまっくて絵画のように仕上げてるっていうのは面白かった。白黒写真で光のコントラストを強くして陰影で演出するやつね。
まぁ、映画を観る前はそういう感じにユージーンの写真作品とジャズ趣味を淡々と紹介していくようなドキュメンタリー映画かと思っていたんですよ。実際に前半部分はそんな感じなんだけど中盤辺りからノリが違ってきて個人的にはそこが一番面白かったですね。本作の舞台は『ジャズ・ロフト』というタイトル通りに仕事が上手くいかずに家族との仲も微妙になったユージーンが郊外の一軒家を捨ててニューヨークの6番街(花の問屋街らしい)のぼろいロフトに引っ越してきて、そこに楽器を置いてある種のスタジオのように解放していたという、そういう場所なんだけど、中盤以降はユージーン本人よりも場としてのその空間が主役になるんですよね。それ良かったなぁ。
なんていうんだろうな、そこはかつてのパリで言うところの洗濯船とか漫画黎明期の頃のトキワ荘みたいに集合住居兼アトリエみたいな場所で、そこに集まる若い才能が切磋琢磨していく姿、またそこにある夢と挫折みたいなものが陰影たっぷりに描かれていて、本作は俺が観る前に思っていたイメージよりもずっとドラマチックな映画だったんですよね。ニューヨークのクラブで演奏しながらもユージーンのロフトにも通って日夜演奏しまくっていたけれど芽が出なかったりドラッグにハマって身を崩した当時のジャズメンたちの姿が本人のインタビューとかも交えて描かれるんだけど、それが青春の光と影って感じで面白い。面白いし、そういう「場」としてユージーンのロフトが機能していたというのが興味深かったですね。サロンと言えばなんかお洒落な感じに聞こえるけど、上で例に挙げた洗濯船でもトキワ荘でもきっとお互いの作品論や芸術観なんかを喧々諤々で議論し合ったり、また作品を通して影響を与え合ったりもしていたと思うんですよ。そういうことが本作の舞台でもあるロフトで日常的に行われてたんだろうな、って容易に想像できる「場」の雰囲気が描かれていたのが凄く良かった。毎日陽が昇るまでセッションしてたとか、そういう逸話がポロポロ出てくるんだから音楽を介しての様々な交流があったんだと思うよ。この「場」で起きたであろう、往時のそういう残滓が感じられるのが最高。
上でも書いたが音楽を諦めて田舎に帰ったような人もいたわけで、そういう青春の陰影を感じるようなドラマがさりげなく(強調するが「さりげなく」)描かれていることが本作を単なる平坦なドキュメンタリーに留まらせない面白いところでもあるわけだ。ユージーンは自分の写真作品に対しては光と影に拘り、現像の際にそのための漂泊の加工に余念がなかったというが、彼がニューヨークの6番街に作り出した住居なのかアトリエなのかスタジオなのかよく分からない空間にもその陰影はくっきりと残っていて、ある時代に於いてそこに文化と呼ぶべきものが芽生えていたのだということを今に伝えてくれるのだ。
リル・バックのドキュメンタリーの感想文でも書いたが、やっぱ文化ってそういう遊びの部分がある余白から生まれてくるものなんですよ。そのことを改めて実感できる映画でしたね。面白かった。
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