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ドント・クライ プリティ・ガールズ!のnetfilmsのレビュー・感想・評価

3.6
 メーサーローシュ・マールタの映画ではしばしば工場労働者の勤務シーンで始まる。高度経済成長期のハンガリーの工業の発展を謳うように、工夫たちの肉体労働する姿をカメラはドキュメンタリー・タッチで追いかける。それはメーサーローシュ・マールタが早くからドキュメンタリー作家としてキャリアを始めたこととも無縁ではない。現代で言えばベルギーのダルデンヌ兄弟はゴリゴリのドキュメンタリー作家としてそのキャリアをスタートし、劇映画を手掛けるまでは20年あまりドキュメンタリー畑でのちの視座や腕を磨いた。日本においては是枝裕和も同様である。メーサーローシュ・マールタの映画における労働者の在り方は殆ど全ての規範を規定すると言っていい。今作でも労働者は工場で働きながら、うだつの上がらない日々を過ごしている。不良青年の1人と婚約していたユリ(このユリという名前は彼女の映画におけるミューズなので覚えていて欲しい)は、あるミュージシャンと恋に落ちる。誰かと恋に落ちた時に同時に恋の瞬間が訪れると言うのはモテ女あるあるで、ギグを開くという彼と共に、小旅行に出かけるのだ。

 マリッジ・ブルーを抱えた美女のここではないどこかを巡る旅と言えば良いだろうか?しかし、嫉妬深い婚約者とその不良仲間たちが、2人の行先を執拗に追ってくる。2人のイケメンに告白された美女の恋のさや当ては、若者たちのやりとりを当時流行りのビート・ミュージックに乗せてやってみました的な何かであって、それ以上でも以下でもない。1970年当時はどの国においても猫も杓子もみんなビートルズにプログレだったようで、我が国でもグループ・サウンズが雨後の筍のように次々に現れたわけだが、あの頃の大島渚とザ・フォーク・クルセダーズの『帰って来たヨッパライ』とか、斎藤武市の『ザ・スパイダースのゴー・ゴー・向こう見ず作戦』などと殆ど一緒。というかミケランジェロ・アントニオーニの『砂丘』や『欲望』に大いに感化された作品だろう。つまり演者のサウンドトラックを肴にそれらしい青春群像劇を作ったに過ぎない。然しながら旧ソ連のアメリカ文化の輸入禁止が囁かれる前のハンガリー産ROCKの夜明けが映っていることも大変貴重だ。1人佇むユリの描写にはこの後の幾つもの作品の萌芽が見える。2人の男に求愛されながらも、一貫して「私は私」という1人の女で在り続けたヒロインの造形が正しくフェミニストであり、当時の空気としては圧倒的に新しかった。
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