前方後円墳

月光の囁きの前方後円墳のレビュー・感想・評価

月光の囁き(1999年製作の映画)
3.0
喜国雅彦の原作を読んでしまっている分、どうしてもこの作品の弱さが目に付いてしょうがない。それだけ原作の描写や物語の行き先は途方もないところなのだ。

もちろん映画として原作になぞる必要はないが、別の作品として昇華しきっているかというと、不完全に感じられる。日高拓也(水橋研二)を存在たらしめるのは高原紗月(つぐみ)のサディズムにかかってくる。もちろん彼女はその目覚めに導かれていくのだが、この作品では彼女の目には日高にとって絶対的に冷酷な支配者としてのサディズムは宿っていない。つぐみは相当な女優で、普通の女の子の表情を持ちながら、エキセントリックな女性を見事なほどに、いくつもこなしてきている。願わくばその行ききってしまった表情をどこかで見せて欲しかったのだ。

中盤までは原作に近い物語の展開だ。それまでは日高の性癖の偏執ぶりが徹底して描写されている。それを演じる水橋研二の目はかなりヤバイ。その彼の性癖を知ってしまった紗月は当然ながら極度な拒絶反応を起こすが、次第にその空気に毒され、結果として日高をいたぶることで自らの快感を覚えるようになる。この過程はこの映画作品としての時間枠ではなかなか描きにくいが、うまく説得力をもたせるような編集になっている。
しかし、クライマックスに入り、オリジナルな展開になったとたんに作品の空気が変わっていく。紗月のとる行動がただ単に苦悩や衝動というよりも、ただのヒステリックにしか見えないかったのだ。

それにしても、塩田監督は女性を描くことに長けている。女性の足をエロティズムたっぷりに表現したり、フェチアイテムの包帯を利用したり、監督=日高ではないだろうかと思えるほどだ。