ニューランド

この二人に幸あれのニューランドのレビュー・感想・評価

この二人に幸あれ(1957年製作の映画)
3.5
固有名詞が覚えられなくなってきてる。本作もタイトルの俳優名を観ててアレ?と思い、ファーストシーンの数カットめで、昔というわけでもなく、せいぜいこの10年くらいの間に観ている、と気づいた。しかも好感の持てる佳作だが、傑作というレベルの作品でもない。しかし、以前なら貴重な?時間と金、勿体ないと思ってたが、今は見直すというのは、1回目には気づかなかった、背景の風俗·価値観が楽しめる、とそんなに落胆しない。本作も結婚時点でまだ半分で、その後世の中の大小の嵐がじっくり描かれるのである。しかもラストでも、経済的な陽の光りはまだぜんぜん伺えない所までなのである。
本作も用意周到の作とはいえず、内容·プロダクション共、かなりお座なりに路線に乗った作品かもしれない。バジェットもだが、家庭、特に会社の描きかたは薄っぺらい。しかし、本多は持ち前の誠実さ·正直さで取組み、手を弛めていない。この後のTV用ドラマ全盛時代の、順番逆だが、引写しにさえみえるのだが、廻りめや横めあるも力強いカメラの·心を問う前後移動(縁日みたいなので、妻を探す半視界的パン+移動、そして斜め俯瞰の退き図切替えなどは見事に映画!)、世の厳しさを増幅の窓や戸口辺の風や雨の強さ、丁寧なシーンのFO締め、平明·着実を壊さず入り込む浅い変化のカット刻みも、何より役者と社会·時代にしっくり向き合ってること、本物の映画の力と巾を如実に感じる。そして、この時代が今より遥かに個々の人間が精神的に独立·自立してることを改めて思い知るのである。しかも気配りがもどかしい程に細やかで、表の顔と相反してることも、侭ある。それでも、今時の計算も奢りもなく、釜足夫婦なんてのには微笑まざるを得ない(その分、出世本位の同僚のカリカチュアは半端だが)。
親に同僚との結婚を反対されたOLが、流れと思いで押しきるも、夫の失業にいきなり出くわし、夫や、当の親·姉夫婦·大家·友人らとの結び付きと自己の姿勢を、考え強靭·柔軟に 鍛えてく、ハートウォーミングな若い経験浅い新婚さんの特に妻の方の話だが、東宝調を出ていないとはいえ、妙に貴重な感触を憶える。小泉=白川のカップルに共感せざるを得ない、清々しいフレッシュさと思い詰め誠実と不思議な肉感がある。「元々昔気質も、父は、優秀な兄失ってから変。代わりの婿は同じ位のレベルでないと」「真剣な目を見てると、可哀相·許そうと。只、頼るは夫だけと、覚悟もさせる為、追い出した。本人が幸せで悔いなくばいい、と。親も将来まで責任は」「辞めなくても? いや、殴った相手より、その間周りの傍観者であり続けた、会社の雰囲気の方が」/「職を失なっただけで全てが壊れ··。結婚間違いかと。私でなく支店長娘さんなら、今ごろは課長と。でも、男らしくなく私に隠し黙って、職探しとは。私が働くと云うとぶたれでてきたが、父に職頼もうかとも。」「ぶつ気が分かる」「私なら更にぶつ。子供に頼られて喜ぶ親なんて20年前の話。そんな時代では。自由を云うなら責任も」/「はやりすぎた、ゆっくりと慌てず」