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英雄の証明のCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

英雄の証明(2021年製作の映画)
3.5
【真実は背負っている命で書き換えられる】
第74回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したものの、盗作疑惑で騒動となっているアスガー・ファルハディ。内容が、あるきっかけで英雄からペテン師に堕ちていく男の物語であることからかなり厄介な状況となっていて避けていたのですが、観る機会があったので挑戦してみました。盗作疑惑に関しては傍に置くとして、映画として非常に厭な秀作でありました。

借金の罪で投獄されたラヒムは金貨を拾うが、持ち主に返すことにする。それが美談としてテレビで取材を受けることになる。しかし、彼の複雑な状況が全てを拗らせていく。まず金貨を返したのはラヒムではなく家族だ。また、テレビ取材を受けるにあたって、刑務所職員から話を盛るよう言われる。大問題にならないであろう行為であった。しかし、彼の功績が認められ、審議会にて表彰され、仕事まで斡旋してもらえることになると、ラヒムに金を貸した男が現れ、騒ぎ立てる。チャリティ募金で集めた金額では足りないと言い始め、イチャモンをつけ始めるのだ。それにより、SNSでは不穏な噂が流れ始め、ラヒムの再就職が困難になっていく。

本作は、SNSによって世論が変わっていく恐ろしさを描いた作品ではあるが、スマホを意図的に映さないようにしている。これにより、人間の普遍的な政治関係を炙り出している。映画は、登場人物の断片的なアクションを捉えていく。誰かに肩入れするのではなく、金貸し人も含め対等に画に収め、それぞれが事実を基に自分が思い描いた真実を語ろうとする様子を紡いでいく。

そして、それぞれの主観に基づいた真実が対立したときに、政治的軋轢が生じる。そうなってくると、もはやそこには事実はない。それぞれが背負った歴史や命の重みによって、真実が書き換えられていき、昨日までは英雄だった者が厄介なペテン師としての烙印が押されてしまうのだ。これは、中間管理職として常に政治戦に巻き込まれている私にとっては非常に生々しくいたたまれない映画であった。これほどにリアルな物語もないだろう。

特に顕著なのは、審議会の態度である。最初はラヒムを持ち上げ、仕事まで与えようとするのだが、ラヒムの疑惑やそれによって発生するとある事件に対しては、臭いものに蓋をしようとする。長年死刑囚をチャリティ募金によって救ってきた歴史や信頼がこのスキャンダルで失墜するとなると、一人を守るより、一人を抹殺して大勢を救う方が良いと考えているのだ。

そして、そのスキャンダルの隙を縫うように、ラヒムにお金を与えるなら自分の夫を救ってくれと群がる人まで現れる。ラヒムが募金を辞退すると、審議会の職員は「名誉回復ぐらいなら協力するよ。」と顔色を変え始める。この強かさこそ、政治に必要な部分でありグロテスクな側面である。政治的行為に束縛される者は、自分の問題が解決されるのであればいかなる手段を使う。吃音の子どもを使ったPRで再度、英雄の座を取り戻そうとしたりするのだ。あまりにも仕事でよくみるこじれ方をするので、観ていて辛かった一方で、この複雑な拗れをドライかつ軽妙に語り切った作劇には感銘を受けました。

アスガー・ファルハディ監督作の中では一番面白い一方で、現実世界でも政治的揉め事しないでくれよと思いました。円満に解決することを祈る。
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