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ニトラム/NITRAMのumisodachiのレビュー・感想・評価

ニトラム/NITRAM(2021年製作の映画)
4.1



タスマニアで実際に起きた無差別銃乱射事件の犯人に迫った作品。

父母と共に暮らすマーティンは、生きづらさを抱えていた。無職で友達もおらず、花火を打ち上げては近所に怒鳴られ、両親も腫れ物に触るように自分を扱う。サーフィンをやりたいものの母親に止められ、鬱々とした日々。そんなある日、芝刈りをしますよと訪れた邸宅でヘレンという女性と出会う。犬や猫と暮らす彼女は風変わりだったが、マーティンを受け入れた。大富豪の彼女はマーティンに車を買い与え、ふたりは互いを良き理解者として穏やかな時間を過ごすが……。

無差別殺人犯の生活を淡々と描いた作品。『エレファント』や『明日、君がいない』に通じるものがあり、とにかく最初から最後までツラい。

軽度知的障害に、おそらくなんらかの発達障害もあるマーティン。学生時代には「ニトラム」と呼ばれ馬鹿にされていて、母親は彼に厳しく突き放している。父親は優しいが、周囲に彼の支援を求めるようなことはできないし、父親は父親で心の弱さを抱えていた。

悲惨な事件が起きたとき、私たちは「なぜ?」と答えを探そうとする。マーティンはなぜ凶行に及んだのか?あんなことをするからには、彼には「普通ではない」なにかがあったのではないか?それの答えを見つけて、安心したいのかもしれない。しかし、本作は安易な答え探しを許さない。

マーティンが問題行動を取ることを自分への攻撃だと受け取ってしまう母親。「なんでそんな風に感じるのか?」「なんでそんな風に反応するのか?」と見ているこちらはもどかしく感じてしまうが、育てにくい子どもを持ち、社会へのSOSも封じられた母親が抱える苦しみも確かにあったはずだ。マーティンの母親は冷たいかもしれないが、少なくともマーティンは犬の世話をしたり掃除をしたりすることはできていた。それは、彼女が息子に対して生活する術を諦めずに教え続けた結果でもある。

また、マーティンはいくつものアンラッキーに晒される。父親が望んでいた不動産を手に入れられていたら、ヘレンと穏やかな日々を過ごせていたら、途中で出会った男性がほんの少しマーティンに寄り添える人物であったなら、なんらかのきっかけで福祉と繋がることができたならば……いくつもの「if」が脳内に現れては消えていく。「もしそうだったなら」結果は違っていたのかもしれないし、同じだったかもしれない。わからない。でも、違う未来に至った可能性はあった。誰のせいでもないが(最終的には間違いなくマーティンのせいである)、周囲が、社会が何かを変えられる可能性は否定できない。安易な答えへの誘導を周到に回避しながら、社会のあり方を鋭く突く見事な構成だと感じた。

本作には、いくつもの伏線が出てくる。虫の音、車の運転、ピアノ……いささかやりすぎにも感じられる伏線と回収は、本作をほんの少しの抽象化している気がした。個別の事象を描いているが、これは普遍的なことでもあるのだと。ものすごく読むのが辛いポエムのように、ひとつひとつの要素が楔として心の中に打ち込まれていく。

最後に。安易な解答を回避している本作において、ひとつだけ確実なことがある。それは、「銃を持っていなければあれほどの被害にはならなかった」という事実。それだけは揺るがないポイントとして厳しく提示されている。







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