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ニトラム/NITRAMのギルドのレビュー・感想・評価

ニトラム/NITRAM(2021年製作の映画)
4.6
【言語化不能な感情は社会の刺激で醸成し爆発する】
■あらすじ
オーストラリアのタスマニア島で暮らす1人の青年は、孤独な人生を送っていた。周囲からは名前を逆から読んだ「Nitram (ニトラム)」と呼ばれ、馬鹿にされる毎日を過ごす中、青年は仕事で知り合った女性ヘレンに恋をする。ところが、ある出来事を機に、彼はだんだんと正気を失ってしまう。

■みどころ
無差別銃乱射大量殺人が発生したポート・アーサー事件の実行犯の犯行実行までのプロセスを映したお話。

「Nitram(ニトラム)」ことマーティンは強い拘りを持ち、両親やヘレン、様々な人間を振り回してしまう。純粋無垢に悪気なく取った行動で周りから孤立し、それでも両親やヘレンの僅かな支援で優しさを受けながら少しずつ希望を取り戻すが…

本作は知的障害・自閉スペクトラム症の生きづらさとか行き違いを描いた話でもあり、適切な場所で教育を施さなかったボタンの掛け違いの話でもある。
けれども特に素晴らしいのは外部の刺激を通じてマーティンの殺人動機には「明確に言語化できない怒り・悲しみ」が根付き、そこには「福祉・教育な支援の問題」、「サーファーへの憧れ・マッチョイズム」、「愛する人の喪失の埋め合わせ」などの手遅れた悲しみがタコ足配線のように絡む姿を投影したところだろう。

「○○がムカつくから殺そう」、「△△に納得いかないから台無しにしよう」などの明確な目的ではない非言語化された動機づけを様々プロセスから要因ごとに抽出するストーリーテリングにこそ本作の魅力が詰まっていると思う。

愛するヘレンから教わったピアノを一人寂しく弾くマーティン、好きだったレコードを様々な時系列で聴くにつれて徐々にノイズが交じる姿、鏡越しのマーティンにキスをする成就しなかった愛への後悔…一つ一つのシーンに「思い通りにならなかった悲しさ」が存在し、それが徐々に積み重なってもそれを表現できず、支援も受けられず・むしろ馬鹿にされる「社会の冷酷さ」が齎す「言葉にできない爆発」を描く構成・演技に衝撃を覚えました。

「言葉にできない爆発」はヘレンそのものを投影したテーブルに乗った華やかな物が銃で満たされたり、屋敷という空間そのものが徐々に荒れ果てる姿というマーティンの表情から読み取れない場所で確実に悪い方向に進むのも相まって恐ろしさを覚えた傑作でした。

大好きな人がかけたレコードが凄惨な結末になるにつれてノイズ混じりの雑音になったり室内空間の生きた温かみが荒廃・銃器で徐々に死んだ冷たさが満ちる本作の悲しみを私は忘れない。
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