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インフル病みのペトロフ家のnetfilmsのレビュー・感想・評価

インフル病みのペトロフ家(2021年製作の映画)
4.2
 酷い高熱にうなされるようにとにかく難解で、物語なんてほとんどわからないのだけどそれでも凄まじい映画を観たという感慨だけは今もなお消えない。それ程強烈でカッコイイ映画体験をした。この映画に関してはそれで十分だと思える。そもそも映画は1976年の旧ソ連と2004年のロシアでのエピソードを無理矢理に繋ぎ、そこに断片的にぽつりぽつりと90年代のエピソードが挿入される形式なのだが、この仕組み自体が物語の構造を出来るだけわかりやすく論理的には説明していない。アレクセイ・ゲルマンの映画にも見られたような語りの難解さが今作にも随所に感じられ、ロシアという国家の狂乱の病巣は他の国の映画にはない独特の魅力を放っている。現在の戦争を指揮する総統の考えなどよりも今作に登場するペトロフの描写は理解不能なカオス状態ではなから理解しようとしたらイケない。とにかくインフルエンザの高熱に苦しむペトロフを周囲の人間は労るばかりか、かえって混乱させようとしているようにしか見えない。

 そもそもペトロフの元妻ペトロワはあのような残忍やり方で人を殺めたのだろうか?信じられないことに死者に鞭打つような行為をしながらも喝采を浴びる元妻はそれから何度も殺戮を繰り返す。自殺願望の作家の最期はそれはもう凄まじい所業だったが、あの転々とした90年代の描写はペトロフの閃きの中にあり、フレームの中にあったものを幻覚のような長回しでひたすら拡張していく。ペトロフが押し込まれたトローリーバスはさながら家畜の収容所で、凄まじい臭気と老人たちの罵声に満ちたサーカス小屋のようだ。4歳のペトロフが上目遣いで見つめたマリーナだけがひたすら窮屈な旧ソ連の中でもがき続けているように見える。ヨールカ祭りの雪娘のエピソードは熱にうなされた男の焦燥を照らす。70年代の鎮痛剤は男たちをドラッギーな揺らぎで活性化させる。夢と現実、過去と未来、幻想と空想とが混濁した世界は相変わらず強烈な臭気が立ち込める。旧ソ連からロシアへと連綿と続いた道は1本の線では容易に表現出来ない。コロナよりも厄介かもしれぬこのウィルス自体が国家の病巣だと言わんばかりに。
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