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コンパートメントNo.6のらのレビュー・感想・評価

コンパートメントNo.6(2021年製作の映画)
3.8
画面に映し出されるのは、寒々としたロシアの風景や狭く薄暗い列車内ばかり。その余計な装飾や光のない映像世界がかえって美しく、内省的な雰囲気を際立たせている。まるで夢の中を旅するロードムービーのようだ。またそれでいてユホ・クオスマネン監督の前作『オリ・マキの人生で最も幸せな日』同様、どこかチャーミングな映画に仕上がっている。

「物事(や人間)を一面的に捉えてはならない」というスタンスも前作と共通している(『オリ・マキの人生で最も幸せな日』では、"幸せ"についてのオルタナティブな視点を提示していた)。撮影や演出のスタイルはシンプルでミニマルだが、内容は奥が深い。「普段インテリ層とばかり付き合っているラウラ」と「粗野なロシア人労働者のリョーハ」が思わぬタイミングで交わることになってしまう、という分かりやすい対比構造の中から、より複雑な関係性の移ろいや人間感情の機微を描き出している。

特にリョーハの方は、主人公ラウラ以上に複雑なキャラクターで、その行動原理や感情表現には辻褄の合わない「謎」な部分が多く、観客の想像力が試される。こういうキャラクターは、ともすれば「見せ物として奇抜なだけ」という印象になりがちだが、本作では「この複雑さこそがまさに人間なのだ」という実感を伴ったリアルな人間像として迫ってくる。彼がぽつりと「みんな死んでしまえばいい」とこぼすシーンがある。実は「ある大きな痛み」を抱えていて、それが彼の人格形成に影響を与えてしまったのかもしれない。ラウラとの距離感の不器用さを見ると、それは何か大きな"喪失"であったのかもしれない。ただ、その背景もまた語られることはないのだ。

リョーハの登場シーンは最悪(「失礼」を超えた犯罪レベルの粗暴さ)であるにも関わらず、途中から可愛く思えてきて仕方がなかった。ユホ・クオスマネン監督は、チャーミングな男性を描くのが上手すぎる。原作通りだろうが、舞台がロシア、リョーハがロシア人であるという設定も今の社会情勢を思うと興味深い。
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