垂直落下式サミング

かもめ食堂の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

かもめ食堂(2005年製作の映画)
3.5
ほかつては、こういう無味無臭のほっこりストーリーを毛嫌いしていたのだけど、なんだかんだ、こんな異国情緒系スローライフに憧れも抱き始めた自分がいる。
これが人間的に成長したのか、世間に絆されてきたのかはわからないけれど、少しづつましな人間にはなってきた気がした。ホントかよ。
若い頃みたく拒否反応はなかったけど、結局はあんま刺さんなくて、「かもめ食堂」は僕の行きつけにはならないだろうなって感想。バリバリがんばる人が癒しを求めてみる映画だと思うから、常日頃からぐうたらしてさらに腹も心も満たしたいとか、この欲まみれの了見で暖簾をくぐるのがまず間違ってんだろうな。そう思う。
とにもかくにも、おしゃれすぎる。ここには僕の居場所はない。泥を吸った外道魚は、こんなきれいな場所に馴染めない。肌が水を受け付けないんだから。
お皿の上のお料理は悪くない見た目だった。映画は、料理を作るシーンにすごく入れ込んでいて楽しいんだけど、食べるシーンは比重少なめ。食という悦びを噛み締めたい。だから、老いも若きも、もっと美味しそうに食べてほしいかった。
食べログみていいなって思ってても、これ系のお店は自分ひとりじゃあ行かない気がするな。僕の人生の楽園は、フィンランドじゃあないんだよな。
素敵な場所と憩いを提示して、それでなにかを肯定してくれるような、手厚いサービスをされると、むしろ申し訳なくなって落ち着かない。適当でいいんですよ、僕への接客なんて。相手や空間との隔たりが中和されて消えてしまうような、そんな無個性さのほうに僕は安心するのだ。
僕にとって、いいお店はどこだろう?と考えてみた。都会とか海の向こうとか、遠くに行かなくても、近所でも「特別」はみつけられる気がする。
複数の化学工場のなかに、いくつもの牧畜場が点在する工場地帯の夕方。光の濁った街頭のなか雨が降り始める前に、駅前の居酒屋から放たれる芳しい焼き鳥の煙が、湿った風に運ばれてきた牛フンと堆肥のフレーバーに巻き上げられながら、幾重に混ざりあう。そうすると、大嫌いな自分のにおいが上書きされて存在がなくなってしまいそうで心地よい。
ウェイターがタメ口のきったねえ中華料理屋とか、オーナーの気分で開けたり開かなかったりする焼き鳥屋とか、ミニ海鮮丼セットの真ん中に鮭フレーク敷き詰めてある蕎麦屋とか、そんなお店に入ると、僕の鼻はほんの少しだけ異世界の味を感じとるのである。