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春原さんのうたのayのレビュー・感想・評価

春原さんのうた(2021年製作の映画)
2.5
とらえがたい感情を丁寧に描く姿勢には共感。これだけ抑揚のない作品で最後まで眠らずにいれたのは、構成やテンポが考え抜かれていたのと、撮影と編集、音響には惹かれるシーンも多かったからだと思う。"普通""ありのまま"でナチュラルな息づかいの会話を、登場する人たちのかたわらで耳をそばだてて聞いている感覚もあったし。

それなのに、この、"普通""ありのまま"を語るかなり巧みな演出が、劇中ずっと、絶え間なくわたしに襲いかかってきて窒息しそうになった。妙な息苦しさは一体何からうまれるんだろうとよくよく考えてみたら、わたしにとって訴えかけてくるものは、日本の"同調圧力"そのものだった。それもかなり強力で、したたかな。映画に出てくる人たちはみな絵に描いたように性格がいい。そしてわたし自身はとっても性格が悪い自覚がある。現実には、会話の輪のなかに入ることはかなり難しいと思った。

本作のなかに潜んでいる"同調圧力"をさらにみつめると、わたしのなかでは、"2000年代"と"それっぽい"ということばに結びつく。小洒落たカフェと身の丈の単身アパートという2つの場所が中心の舞台設定、リラックス感のあるファッション、全員よく似た性格のゆるいキャラクター造型。どれも正直、"2000年代"のテイストだった。目に映るすべての要素が、ノスタルジーとドメスティックな気分を、案外、熱心に耳元でささやいてくる。わたしはそうした場から逃げたくなるし、実際逃げ出した苦い過去があるけど。多くの人にとっては2020年代の今と地続きの、居心地よい光景なんだろうな…。
"それっぽい"とは、すごく言語化しにくいけど、作品のあらゆるディテールがつくり手側の美学に強度に依存していて、しかも何食わぬ顔で作品全体に巧妙にはりめぐらされてるから、映画に浸るうちにみる側の主観や判断力が溶けてしまうというか。曖昧で理論づけに欠けてても、何となく受け入れることができてしまう。この作品の演出がすぐれている証でもあるのだけど。1番思うところがあったのは、個別性がうやむやで感性と雰囲気重視なアートの扱われかた。世田谷美術館でのワークショップとか、カフェに貼られた映画ポスターとか、主人公の女性が自身で書を嗜み他人の作品制作に協力する身振りとか。…以下省略。

今の日本をよく象徴した作品と思うし、大勢に賛同できないことに寂しさを感じる、けど…。
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