Qちゃん

戦場のピアニストのQちゃんのレビュー・感想・評価

戦場のピアニスト(2002年製作の映画)
5.0
2003年3月11日、新宿プラザで鑑賞。

この映画は、そのタイトルにも表されるピアニストを軸にストーリー展開されるが、実はその他ユダヤ人の『一般ピープル』の生きざま(または死にざま?)によって強烈なインパクトを受ける作品となっている。

例えば、ユダヤ人居住区内の女性が持っているバケツから食料を叩き落して地面に唇をつけて啜る男。これほどまでに人間としてのプライドを捨てながら、他人の「生」を奪っても自分の「生」を守る行動をとるような追いつめられた状況。そこに至る経緯を想像すると胸が締め付けられる思いである。

また、その他大勢のユダヤ人も、ポーランド侵攻が進むにつれ、ドイツ軍兵士には絶対服従の日常となっていく過程がこれでもかというくらいに描写される。
「立て」と言われて立てない車椅子の男性は窓から建物の下に投げ捨てられて殺され、「これからどこへ行くの?」とドイツ兵に質問した女性はその答えを聞く間もなく頭に銃弾を撃ち込まれ、兵士の気まぐれのように選ばれた人達は地面にうつ伏せにさせられ射殺される(連続射殺により弾切れになっても命を救われる望みもない)等々。
これらのシーンは、『とても正気の人間ではできない所業』である。
ただ、現代の暗い世相の中でも狂気の沙汰としか考えられない事件も多く発生しており、一概に『戦争による狂気』としてのみとらえるのは妥当ではないかもしれない。

本作品はアラン・レネ監督の『夜と霧』のようなドキュメンタリー構成ではなく、主人公とされるピアニストがどのように生き延びたかのストーリー構成となっている。
そのピアニストは『とにかく自分は生きる』という強固な意思のみで全ての行動が貫かれ、実行している点が凄い。
他の同胞が道端で死んでいてもその間を抜けて歩き、通りすがりの女性がその夫の名を呼んで探していても協力するでもなく、壁付近で殺される子供を抱きはするものの感傷に浸る余裕はない様子でその子供を置いて逃げ去る。
とにかく、逃げて、隠れて、相手に頼みこみ、あらゆる手段をつくして、生に執着する。
敵にかこまれた戦争真っ只中の極限状況においては、この自分本位は容認されるものであろう。
また、「ヒューマニズムによる行動をとって死ねるほど甘いもんじゃないんだよ。戦争は。」という監督の意図が感じられる。

ピアニストが奇跡的に生き残ったのは、生への執着心以外に、ピアニストとしての資質によるものである。
本作品では、その資質により、大きな局面を二回乗り越えている。
一つは収容所行き列車搭乗を免れたこと、もう一つはドイツ軍将校の前で演奏し助けられたこと。
いつの世も「芸は身を助く」のだ。

ラストにピアニストのその後も紹介され、実話に基づく説得力と、監督の実体験による説得力の二重構造により、本作は他のホロコースト作品と一線を画した傑作となり得たのである。