螢

戦場のピアニストの螢のレビュー・感想・評価

戦場のピアニスト(2002年製作の映画)
3.9
ホロコーストを題材にした映画は数多くあり、当然どれも残酷でつらく悲しい面を持つのだけど、その中でもこの作品は、群を抜いて「生々しさ」を感じさせます。

ユダヤ人でピアニストのウワディスワフ・シュピルマン。ポーランドの首都ワルシャワに両親や兄弟と共に暮らしていたが、1939年のナチス侵攻により、生活は一変する。
ダビデの星の腕章の強要、ゲットーへの強制移住、財産没収、そしてついには、家畜列車に詰め込まれての収容所移送が始まり…。
知人の機転のおかげで、家族の中で唯一収容所送りから逃れた彼。
それでも、ゲットーに留まっての強制労働や飢餓、理不尽な暴力に苦しみ、死と隣り合わせの生活であることは変わりない。
ある日彼は、知人の手を借りてゲットーから脱出するけれど、それは過酷な逃亡生活の始まりで…。

彼に出来ることはない。
隠れること。
逃げること。
飢えに耐えきれず人気のない廃墟で食糧を漁ること。
街で人が殺されて多くの遺体が転がるのを、隠れている建物の窓の向こうに見つめること以外は。

そんな無力さと、常に死と隣り合わせの恐怖、それでも消えない生への執着が、他者の視点や感情を極端なまでに挟まず、彼の視点から見える世界と彼の行動に焦点を絞りこみながら描かれています。

この視点設定こそ、大きな歴史のうねりの中で、ひとりぼっちの平凡な市民が出来ることなどない…という残酷な事実の強調となり、戦争の残忍さをより一層際立たせるとともに、作品特有の生々しさにつながっているのかと思いました。

ポーランド出身のユダヤ人であるポランスキー監督はホロコーストを実際に体験しているそうで、それが、このリアルさを演出する視点演出に繋がったのでしょうか。
変態要素がないものをポランスキー監督ちゃんと作品にしてるの?と観る前は失礼ながら少し疑っていたのですが、見事です。

そして、シュピルマンを演じたエイドリアン・ブロディの、表情の薄さとそれでも不思議と存分にわかる感情、硬直する表情に反して戦争が激しさを増す中でどんどんボロボロになって行く外見が、死の恐怖に必死に逃げ惑いながらも少なからず心を凍りつかせることでなんとか生きぬいた人々のリアルな生を巧みに表現しています。

つらいのだけど、観るべき作品ですね。
螢