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THE MOLE(ザ・モール)の湯呑のレビュー・感想・評価

THE MOLE(ザ・モール)(2020年製作の映画)
4.6
『ザ・レッド・チャペル』の公開以降、北朝鮮大使から「良心のない犬」と罵られ(まあ、それについては私も同意するが…)、北朝鮮への入国が難しくなっていたマッツ・ブリュガーの元に、ある日見知らぬ男からのメッセージが届く。ウルリク・ラーセンと名乗るこの男は、自分がデンマークにある北朝鮮支援組織に接触し、その内情を探ってくるのでそれを材料にドキュメンタリー映画を作らないか、と提案する。北朝鮮への入国が実質不可能となっていたブリュガーにとって、これは渡りに船の話だった。潜入捜査も撮影も基本的にはウルリクが単独で行うので、仮に失敗したとしてもブリュガーに危険が及ぶ事はない。更に、ウルリクは報酬すらいらないというのだ。ブリュガーはインタビューの中で、ウルリクの申し出を「費用対効果の高いプロジェクト」と表現していたが、そもそもブリュガー側には何の費用も発生しないのだから、やりたきゃ勝手にやれ、バレてボコられても知らねえぞ、という軽い気持ちで引き受けたのだろう。
それにしても、このウルリクという男のモチベーションはどこから湧いてくるのか。最後まで映画を観ても、私にはさっぱり分からなかった。何しろ、彼は諜報部員でも兵士でもなく、慢性疾患により休業中だった元料理人に過ぎないのだ。スクリーンに映るウルリクの姿からは、北朝鮮に対する個人的な憎しみも感じられないし、全体主義や独裁国家に対する批判的な言葉さえ彼は口にしないのである。今だったら、撮影した動画をYouTubeにアップして収益化、という事も考えられるだろうが、そもそも金目当てならノーギャラでやる筈がない。本作で最も奇怪なのは、実は北朝鮮の独裁国家体制ではなく、このウルリクという男の内面ではないのか?そこには政治的信条も正義感も、人間らしい感情すら存在しない虚無が広がっている。
しかし、このウルリクの特異な人間性こそが、一流のスパイの条件なのかもしれない。北朝鮮の高官たちはなぜかウルリクの与太話をあっさりと信じ込み、機密事項を次々と明かしていく。2011年、コペンハーゲンの北朝鮮友好協会に加入したウルリクは、2012年に訪朝し文化省のカンという高官からこれまでの貢献に対しメダルを授与される。更に、世界的なネットワークを持つKFA(朝鮮親善協会)会長のアレハンドロ・カオ・デ・ベノスの信を得る様になり、2013年にはKFAデンマーク支部の代表に任命され、2015年には北欧4カ国の代表に就任と、とんとん拍子に昇進していくのだ。
これを起点に、ウルリクの活動は思わぬ広がりを見せていく。アレハンドロから北朝鮮に投資する資本家を見つけてこい、という命を受けたウルリクは、元傭兵の前科者ジムに石油王を演じさせアレハンドロに引き合わせる。そこで持ち掛けられたのは、北朝鮮が生産する武器や覚醒剤の闇取引だった。確かに、北朝鮮が西欧諸国の監視をかいくぐり、武器や麻薬の密売を行っている、という噂は以前からあった。しかし、CIAなど各国の諜報機関ですら掴めなかった確たる証拠を、元コックと前科者のおっさんがいとも簡単に手に入れてしまったのである。
ここから明かされる国際的な闇取引の実態は、ほとんどスパイ映画のそれである。ピョンヤン郊外の廃墟の地下に広がる巨大な武器工場。そこで開かれる晩餐会。ウガンダにリゾートホテルを建設し、その地下に武器工場と麻薬の精製工場を作る計画。重要な会合になると北朝鮮側から派遣される、決して笑わない謎の男。まるで『007』の様な話だが、これは悪の秘密結社スペクターではなく、隣国の北朝鮮が実際に行っている事なのだ。
この巨大な計画(武器の売買リストには弾道ミサイルまで掲載されていた!)を前に、ウルリクとジムは淡々と交渉を進めていく。終始、盗撮や盗聴をしながらである。なぜ、こんな事が可能なのか。最後の最後まで彼らの身元がバレなかった理由はどこにあるのか。もちろん、北朝鮮側が間抜けだった、というのもあるだろう。彼らはジム演じるミスター・ジェームズとかいう投資家が本当に金を持っているのか、裏取りぐらいできた筈である。そうすれば、彼らが一文無しである事がすぐに分かった筈だ。国家的プロジェクトを預かる者として、いくら何でも迂闊すぎるだろ、と思うのだが、それもやはりウルリクという男の謎めいた魅力というか、「ウルリクさんが紹介してくれたんだから大丈夫だ!」みたいな気持ちがあったのではないか、と想像する。ジェームズ・ボンドだって映画の中ではだいたい正体がバレてしまうのだから、ウルリクはボンド以上にスパイに適した逸材だと言えよう。結局、優れたスパイになるには「何もない」という事が最も必要なのだ。ウルリクの抱える虚無に、北朝鮮の高官たちもウガンダの政治家もヨルダンの石油王も引き付けられ吸い込まれていく。それはほとんどブラックホールの様なもので、もしかすると、監督のマッツ・ブリュガー自身もその中に吸い込まれていたのかもしれない。