イルーナ

くじらびとのイルーナのレビュー・感想・評価

くじらびと(2021年製作の映画)
4.3
この映画の予告を観た時、真っ先に思い出したのが『海獣の子供』でした。
原作第二巻では東南アジアの鯨漁が描かれており、若いころのジムはそこで「海の子供」にまつわる事件に関わる。
ここでの漁の描写がまさにこの映画で映されたものと同じで、舟(テナ)の構造といい銛を構えて飛び掛かる描写といい、改めてその取材力に驚かされました。

鯨は全身余すところなく利用できることから多くの恵みをもたらし、各地で神として畏れ敬われた生きもの。
イヌイットは食う・食われるの関係を超越した精神的なつながりすら持っているとのこと。
本作の舞台はインドネシアのレンバタ島・ラマレラ村ですが、彼らは鯨への感謝の気持ちをいつでも忘れない。
鯨10頭で村全体を1年は養え、山の幸との物々交換では高いレートがつくとのことで、まさに村を支える存在。
しかし、鯨との戦いは常に危険が付きまとう。そのため、海へ関するしきたりがとにかく多い。

鯨漁の時期は家族ともめ事を起こしてはならない。実際にこの問題を抱えていた銛打ち漁師(ラマファ)の一人が犠牲となり、村中が悲しみに暮れる。
舟(テナ)は設計図やメジャーや釘もなしに、経験だけで作り上げる。鯨舟には魂が宿ると信じられており、漁師たちを守る親鳥や、漁の司令官にも例えられる。そして、最後まで舟を見捨ててはならないとされる。
また、鯨は舟の欠陥を見抜く能力があるので、「鯨は最高の船大工(アタモラ)」と呼ばれていたのが印象的。鯨に対し心から敬意を持っているのがよくわかる……
鯨の顔、特に目を見てはならない。『海獣の子供』でジムは鯨を狩る間際に目が合ってしまい、それがきっかけで人生に影響を与えるほどの奇怪な体験をすることになる。
実際に鯨の目はまるですべてを知っているかのような、深い目をしています。まるでこちらの心を見透かすような……
冒頭とラストでは狩られた鯨の目が映し出される。前者は目を閉じ、後者は目を見開いている。
目を閉じる唯一の“魚”であり、涙を流す鯨。死を迎える時ですら厳かさや慈悲を失わない。

また、鯨漁で村を支えていると言っても全然出てこないのもザラなので、コンスタントに獲れるマンタもかなり重要な存在になっていた。
しかし前述の漁師が命を落としたのはこのマンタ漁だった。彼は銛の刺さったマンタに海中に引きずり込まれ、結局見つからなかった。
普段可愛いイメージのマンタですら本気を出せば人間を倒すのだから、その過酷さがうかがえる。
ましてや相手が鯨だと、その戦いは熾烈を極める。鯨が舟にぶつかる音、血で真っ赤に染まっていく海。命のやり取りをまざまざと見せつける、その臨場感が圧倒的。
仕留めた鯨は、浜辺で平等に切り分けられる。舟作りから狩り。そしてここに至るまで、ある種の儀式となっているのです。
けっして必要以上を狩らないその生き方。漁師の一人が「バリ島では稼げたけど、お金に追われているような気がしたから結局ここに戻ってきた」と語っていたのが象徴的。
その言葉は、常に必要以上を求める資本主義世界に疲れた人々の心に響くかもしれない……

人間と自然の向き合い方を改めて考えさせてくれる、正に入魂のドキュメンタリーでした。


追記

ナショジオにラマレラ村の記事があったけど、すんごい複雑な状況に置かれてるんだな……
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/21/101800508/?ST=m_news
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