むぅ

流浪の月のむぅのレビュー・感想・評価

流浪の月(2022年製作の映画)
4.2
その人といると自分でいられた。

ビー玉越しの世界は、月がひっくり返っていたり、どこまでも広がっているはずの景色が閉じ込められている。
水の中から見上げると、月や太陽は滲んでいて、どこか遠い世界のように揺れる空がある。

隣にいても同じ景色を見られない人、遠くにいても同じ景色を見つめられる人。
その人といると深く息を吸いこめた。

そんな物語なのだと私は思った。


帰れない事情を抱えた更紗と、彼女を家に招き入れた文。
居場所を見つけた幸せを噛みしめた、その夏の終わり、文は「誘拐犯」更紗は「被害女児」と"なった"。


2人が、2人で"いる"時だけ、窓の外に空が広がり風が吹く。
2人でいると世界はこんなに伸びやかなのに、その世界を他者は水槽の底に、鳥かごの中に閉じ込める。
たゆたいながら、それぞれが別々に過ごした15年は"ビー玉に映る世界"の中から外を見つめる時間だったのか、それともその逆なのか。

更紗には文にしか言えなかった事があった。
文には更紗にだけは言えなかった事があった。
その二つが崩れた時、世界が揺らぎ海の底のような情景が広がる。
圧倒的だった。
でも、そこには微かに光を届ける窓もあった。

でも もしかして
いつもなら浮かぶ言葉が消える。
そんな物語だった。

「この手が好きだよ」
私の荒れた手を見てそう言った。
「むぅが使う"きっと"が好きだよ」
悩み事を話しているとそう言った。
確かにその時"ビー玉の中の世界"に2人きりでもいい、私はそう思ったのだと思う。
その言葉を思い出すとき、ビー玉の中のキラキラした世界を見つめるような気持ちになる。
文が更紗の手を握り、伝えた言葉は更紗にそんな世界を見せたのだと思う。
もっと鮮やかでどこまでも広がる世界を。


「わかっていた。
それでもあなたといたかった」
そんな物語。
むぅ

むぅ