すぎえ

バトル・ロワイアル 特別篇のすぎえのレビュー・感想・評価

3.2
15歳の頃を振り返った時、どんな思い出が蘇りますか?

自分自身を振り返ると、フィリピンでニワトリを絞めて食べたのがちょうど15歳の終わり頃だったなぁ。
命の有り難さを身を持って感じたよき思い出。

『バトル・ロワイアル』では、中学卒業を控えた15歳同士が、架空の法律BR法に基づいてお互いの命を刈りあって行きます。
なんとおぞましい事よ!!!!

ニワトリや動物は大丈夫、けれど人間の血がドビュシャッと出るのはちょと怖い。
グロは苦手よ、見ないでおくわ。と一線を引いていましたが、
あれ?怖くない。グロい部分を過剰に描いてるから現実味がなくて意外に平気だぞ??
とすぎは驚きました。

深作欣二監督は、ただ過激なものを写してるわけじゃなかったんですね。
これは今後レビューしていく息子・深作健太さんの映画にも通じて言えることです。

深作監督が15歳だったとき、時代は1945年。そう、この年は敗戦の年。
生き残った監督は友人の死体を片付けたそうです、とても苦い思い出ですよね。
そして苦さが重なるように「お国のために死ね!」と叫んでいた大人が一斉に「民主主義のために生きろ!」と手の平を返す。
このような事から深作監督は一気に大人を信じられなくなったそうな。

この思いが原点となり、15歳という輝く年頃に大人の勝手な都合で殺し合いを強要され実行してしまう、誰を信じればいいか分からなくなる生徒達を描いた小説『バトル・ロワイアル』に惹かれたらしいのです。

脚本を書いた深作健太さんはこう語っていらっしゃいました、
「いつの時代も子供は大人にとって恐怖の対象である。
しかし、その大人と子供の境界線はいつ引いてしまうんだ?
いつから大人へと変わるんだ?
なんで線引きしてしまうんだ??」
そんな問いを持っていた事も、バトルロワイアルを映像化するに至った理由だったと。

こういった作り手側のメッセージを心に留めながらもう一度見ると、深い作品だと思えるかもしれません。

私は、柴咲コウ演じるクソビッチ光子の生い立ちのシーンがすごく好きでした。
母親が小児性愛者の男に娘を売る、そしてそれを嫌がった幼き光子が男を突き落とすあの短いシーンです。
「あたし、ただ奪う側にまわろうと思っただけよ...」
幼少期の映像の後、現在の光子からこの言葉が出てきた時、
なるほどね。そんな売られるなんて経験をして人に人生左右されてたなら、自分が振り回す側になりたくもなるよね!!
とかばいたくなってしまうんですよねぇ。


豆知識
ニワトリって熱湯をかけるとスルスルと羽をむしり取れるんですよ。