東京キネマ

猿の惑星:創世記(ジェネシス)の東京キネマのレビュー・感想・評価

3.0
いや~、猿のSFXに関しては想像通り完璧ですね。 モーション・キャプチャーからパフォーマンス・キャプチャーに進化した本当の意味がこの映画を見るとよく分かります。 今までこういったキャプチャーって、「怒る」 「すねる」 「愛情ある」 程度の表現は十分できてた思うんですが、「切ない」 「いじけた」 「愛くるしい」 とかまではなかなか再現できなかったんですけど、そこまでを完璧に作り込めるってのは凄いですね。 尚且つパフォーマンス・キャプチャーってスタジオでしか出来なかったのですが、今回はロケーションでやっています。 もうこれだと何でも出来るよね。 だったら別に猿じゃなくてもいいじゃん、とは思うんだけど、まあ、それを言っちゃおしまいよ、ってことで。

でもこれ冷静に考えると不思議なんだけど、アンディ・サーキスっていう猿以上の猿芝居が出来る役者さんが居るから可能だったことなので (収録現場の映像なんか見ると、もう腰が抜けるほど凄い芝居してます)、結局、どれだけ技術が進化しても、人間の表情を後追いするしか出来ないことの逆証明みたいなものなんですよね。 だからSFX・CG技術のこれから目指すべき明確な目標が見えてきたっつうことで、これからもその一点目指してハリウッドには頑張って欲しいところです。 日本はどうせかないっこないんで、かぶり物世界で相変わらず頑張りますんで。(笑)

ストーリーはというと、何にもないです。 猿の表情を見るだけに割り切るっつうことで我慢するしかありません。 もう設定と空間描写だけなので、起こりそうなことが起るだけです。 人間のキャラクター描写も葛藤も端折るだけ端折っちゃってるから、人間がただの記号扱いです。 (但し、ジョン・リスゴーだけは別格。 この人が居るおかげで多少映画っぽくなっています。) 

中盤から変な方向いかなきゃいいなあと思っていたのですが、案の定、最悪パターン松竹梅の梅でした。 もうちょっと頭使って欲しかったですが、猿見せる映画だからしようがねえな、っつうことで。 簡単に言えばナショナル・ジオグラフィックの世界でダイ・ハード!って感じです。

観終わった後で思ったのですが、これ違う解釈の映画にしたら面白いのになあ、と感じたんですよね。 つまり、知能が発達しているヤツ (新薬を開発できるほどの科学者や知能を持った猿) と、知能のないヤツ (欲ボケの所長やアルツハイマーになっちゃったオヤジ) は、最終的には人間社会からは敵と見なされて、そこそこの人間だけしか人間社会じゃ幸せに暮らせないよ、って話。

なんか今世界中でそういう雰囲気になりつつあるし、それを具体的にやっちゃったら人種差別になっちゃうけど、猿だったら出来るもんね。 今や原作者のピエール・ブールが憎悪丸出しで日本人を猿にしたっつう話もすでに日本人自身も忘れてるから大丈夫だよ。(笑) でもそこまで頭回らなかったんだろうなあ、猿で忙しくて。

あ、それとこの映画、「創世記」の話なんて、どこをどう拾ってみてもありません。 そもそも猿に旧約聖書を繋げたらダメでしょうに。 ユダヤ教徒だけじゃなく、クリスチャン全員を敵に回しますよ。 モーゼも言ってるでしょ “主の名をみだりに唱えてはならない” とか “嘘、偽りを述べてはならない” とか。 そんなことしてたらエジプト軍みたいに海に沈められるよ!