Nasagi

祈りのもとで 脱同性愛運動がもたらしたもののNasagiのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

『ある少年の告白』などで描かれたconversion therapyについてのドキュメンタリー。
信仰によって同性愛者の性的志向を変えさせようという脱同性愛運動の一大組織「エクソダス」の元指導者たちにインタビューしつつ、
トランス当事者から運動の主導者になった男性と、
かつて運動の内部にいたが今では同性のパートナーと結婚式を挙げようとしている女性、2人の姿を交互に映し出す。

映画をみて、脱同性愛者と「反同性愛主義」者を分けて考えた方がいいんではないかと思ったが、ただその線引きがむずかしい。

異性愛者の立場から、同性愛を非難するやつ、これはダメだろう。

自身もLGBTQ当事者でありながら、conversion therapyの指導者だった人にも、やはり多くの人を苦しめた責任はあるのだと思う。

ただ、個人的には、純粋な脱同性愛者(自分自身が同性愛から異性愛に移行したことで救われたと信じている人たち)を非難する気にはなれない。

そりゃ科学的には間違ってるのかもしれないけど、
それでも自分のジェンダーをどう位置づけるかは個人の選択であるべきだし。

とはいえ、自分の正義を他人に押し付けないでいられる人が、果たしてどれだけいるのだろう…

たとえばジェフリーは、かつて自身がトランスジェンダーであったことと、自分が薬物や酒に溺れていて不幸だったことを不可分のこととして捉えていて、その全てが信仰に目覚めたことで「治った」のだと考えている。
しかし、これは明らかに間違い、しかもとても悲しい間違いだ。(正直そのこと自体を責めることは自分にはできない。)

それでも、仮に「純粋な脱同性愛者ならOK」だと認めたとしても、そのような人たちは往々にして仲間を求める。
エクソダスの始まりも、もともとはそれぞれ自発的にできた小さなグループが寄り集まってできたものだったし、それが大きくなる過程で、一部の心理学者やセラピストなど、異端の「専門家」たちを味方につけ、あまつさえロビイングによってアメリカの国政にまで影響力を及ぼす結果となってしまったことが、作中でも指摘されていた。

運動をやってる方は、自分たちの正しさを確信しつつも、メインストリームの世界では受け容れられない存在だという認識があるので、かえって危機感と結束力が高まって「燃え」てしまう。

ここらへんは陰謀論者と似てる側面もあるなと思った。以前みた映画で、地球「平面」説を信じている人たちに密着したドキュメンタリー『ビハインド・ザ・カーブ』という作品があるが、そこで出てくる平面説の主導者マークと、今作のジェフリーは、自分のなかでどこか重ねて見てしまう所がある。

一方で彼らの信仰が、陰謀論者のそれとちがう点は、宗教的なreliefという特性にあると思う。
ここらへんは非クリスチャンである自分にはわかりかねる所だが、とにかく神の前で誠実に祈りつづけることにより、ある瞬間に自分自身が全人格的に救われる、そういう感覚を彼らは持っているように見受けられた。
それは確かに、経験できた人からすれば特別なものなのだろう。

(今作の原題 ‘Pray away’も、まさに祈ることによって自分の中にある何か(彼らの場合"gayness")が取り除かれる、ということを意味するらしい。ちなみに"conversion"にも「宗教的回心」という意味がある。)

ただ、そうしたreliefを得るために、セラピーの対象者たちがやらされる「告白」は、指導者から極限まで詰められた末のもので、それによって人の心を壊し、最悪の場合死に追いやってしまうものだ。
これは、本来否定してはならない個人の人格の一部を否定させる、暴力だというほかない。


映画の最後で、エクソダスが活動を終了しても、脱同性愛運動は形をかえて現在も引き継がれており、根底にある信念が変わらない限り、この種の運動も続いていくだろうということが述べられる。

そして、インタビューを終えた元エクソダス指導者の面々を映した後に、ジェフリーのどこかあどけない表情を捉えたショットで終わる。
ジェフリーも次なる「エクソダス」の指導者になっていくのだろうかという危惧と、
でもいつかは彼らのように「変わって」くれるのではないかという期待の両方を感じた。


長々と書いてしまったが、全体としてすごく勉強させられたドキュメンタリーだった。
脱同性愛運動にかんして、元凶は同性愛嫌悪の規範で、
要因は当事者たちが孤立して、同性愛であることを認められない環境に置かれていることで、
責任はそういう規範と環境をつくりだして維持してるマジョリティに大いにある。

そういう視点なら、この映画で問いかけられていることを自分ごととして捉えられると思った。
Nasagi

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