熊太郎

愛なのにの熊太郎のレビュー・感想・評価

愛なのに(2021年製作の映画)
3.7

「あなたにとって多田さんは沢山いるけれど私にとって多田さんはあなたしかいない」
「あなたにとって私は沢山いるけれど私にとって多田さんはあなたしかいない」

……どちらだったのかおぼえて帰ってくることのできなかった台詞。

「好きな人に“幸せに”って言われたくない」「無関心… 一番つらいやつですね」「迷惑だったらやめます」、古書店で怒る岬。
ラブレターの返事を待っている岬。


今泉力哉の脚本、あいかわらずの。固執しなさ=代替性があるという分別への反発や、“想い”の非コスパ性。だらだらと見える化拒んで間延びして不器用に会話したり会話できなくなったり。淀みなく話すことばは感情を誤魔化すための嘘のことばだったり。ほつれと生煮えの部分、「どうでもよくないと、気まずいのか」……。
逆上がり。花壇、ハンカチ。鉛筆。



今作は「女子高生」というぴかぴかの虚構と経年して積まれた古書のごとき時間の層(…迷宮)をキレイに接着したふうで、そのまぐ合なさはウソのように浮きあがる。上澄みにある一途な想いがよどみを予感させて、恋愛は虚構化されても永遠になれないってちゃんとわかる。

結婚と性愛の諸問題は、つくり手の本気の角度がどこなのか(ダサい見方なんだろな)よくわからなくて、教会のあとで十字切ったり「神様なんて信じてないわ」のピロートークなんかはそう冗談なのねと戸惑いつつ見ていた。濱竜『Passion』では「セックスなんて気持ちいいことばかりじゃない。面倒くさいことだってたくさんある。にもかかわらず、それなのになぜ、おまえはあいつと寝るのか」みたいな問答があったと思う。
キモチイイのと感情とが一緒になってしまって、わからなくなっていること、あいてに満足して慣れて、もう見えなくなってしまったこと。

幸福をしらなければ快楽に溺れられる、のに。
亮介と一花、寝姿、横顔、…。


『愛なのに』、
描きようによってはホラー。けれども思い出せば赤面するほどの羞恥、感情どころか体験、羞恥の。そこがぎゅっと膨れあがってコメディへ。

われ知らぬところで勝手にはじまっていた恋(…たましいを掠めとる、全き窃盗)に脅迫まがいに関係をもたされてしまった不運な男がずっと読み切れずにいる、『長いお別れ』。



恋愛や人間関係の、別れる、付き合う過程なんかもそうだ。今、私は自分の映画でも、結末なんてどうでもよくて、その過程を描くことに興味が出てきている。誰も見てくれない逡巡や心の葛藤の時間を観客や読者だけは見てくれている。それが創作物の魅力の一端(であり、もしくは全部)だと最近は強く思うのだ。 

今泉力哉『ユリイカ 近藤聡乃特集号』
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