平野レミゼラブル

余命10年の平野レミゼラブルのレビュー・感想・評価

余命10年(2022年製作の映画)
3.7
【エンドマークに向かって、そして誰かの思い出の始まりから】
昨年も『ヤクザと家族 The Family』で話題を集めたばかりか、TVドラマ『アバランチ』や『封刃師』、Netflix配信のセルフリメイク版『新聞記者』、はたまたアニメ『攻殻機動隊 SAC_2045 持続可能戦争』と数多くの作品の監督を務めた藤井道人の最新作。いやはや、しかしこう振り返ってみると昨年から今年にかけてはあまりに手掛ける作品が多い!多すぎる!!間違いなく今、日本で一番多忙な監督と言ってしまって良いでしょう。『ヤクザと家族』は僕も昨年のベスト6位に選出しただけに注目している監督ではあるんですが、いかんせん多作すぎて『封刃師』くらいしか追えていない……(しかも厳密には今のところ藤井監督が務めたの1話目だけだし)

しかも、驚くべきは手掛ける作品が全て別ジャンルということです。ヤクザモノに、刑事ドラマ、ゴリゴリのアクションにポリティカル・サスペンス、SF……これまで手掛けてきた映画に関しても見事にジャンルがバラける辺り、何とも器用な御人だと感心するしかありません。まあ、いくらなんでも統一性が無さすぎて、良くも悪くも三池崇史監督のような「何でも請負人」めいてきてはいますが……
そんな藤井監督が今回請け負ったのはいわゆる余命宣告モノ。やはり、上記のどのジャンルにも当てはまらない辺り、ジャンルコンプのトロフィー獲得を目指している気配すらあります。


原作は小坂流加先生による同名小説。小坂先生自身が難病を患いながらも執筆し、自費出版として持ち込んで小説家デビューを果たしたという経緯を持ちます。残念ながら小坂先生は同小説の文庫版の編集が終わった直後に病状が悪化して逝去。同年に静岡書店大賞による「映像化したい文庫部門」大賞を受賞して、今回念願の映像化と相成りました。
ただ、これ映画観た後に原作を読んで驚きましたが、映像化にあたってかなり内容を大胆に改変しているんですよね。例えば主人公の茉莉の恋人である和人は、原作では茶道の家元の長男で家を継ぐことに悩みを持っていましたが、映画版ではその辺の設定は丸ごとオミット。そして何より茉莉ですが、アニメ好きでコスプレや漫画を描くことが趣味だった原作に対して、映画版では小説を書くことが好きというように原作者の小坂先生に意図的に経歴を寄せていることが窺えます。
その他も様々な展開を削ったり、登場人物の関係を整理しているため、原作が好きな人にとってその辺は賛否両論となる点やも。ただ要素の掬い上げは的確であり、形を変えてなお原作と同じように胸に迫る作品になっています。この辺りは脚本を担当した渡邉真子と『8年越の花嫁 奇跡の実話』の岡田惠和の丁寧な仕事が光ります。


キャストは茉莉役に『恋する寄生虫』の小松菜奈女神。彼女の強い目力が気丈であり続けてしまう茉莉の危うさにピッタリです。そして和人役の『仮面病棟』坂口健太郎ですが、失礼ながら彼がここまで演技派とは思わずビックリ。茉莉と出会うことで徐々に逞しくなっていく過程が自然で、顔つきまで変わってみえるのが本当に凄い。
サブキャラとしては彼女達を見つめる共通の友人のタケルに『東京リベンジャーズ』の山田裕貴が実に山田裕貴といった役で、同じく茉莉の親友である沙苗には『マイ・ダディ』の奈緒が彩ります。茉莉の家族では姉・桔梗に『ノイズ』の黒木華、母・百合子に『ポプラン』の原日出子、父・明久に『大怪獣のあとしまつ』の松重豊と豪華実力派が勢揃い。
さらに映画オリジナルキャラクターとして、茉莉の行きつけの店の店長にKing Gnuの井口理が『佐々木、イン、マイマイン』以来に俳優として出演するほか、和人が働く焼き鳥店の店長に『前科者』のリリー・フランキー、主治医の平田先生に『新聞記者』の田中哲司といった個性豊かなメンバーも。いずれもちゃんと脇に徹しているので安心感があります。


「また、お涙頂戴の余命モノ邦画かよ!!」という声もちらほら聞こえてはきますが、本作はそんな露骨に劇的な「結末」を作って泣かせてやろうとか、そういう類の映画ではありません。むしろその逆で、最初から『余命10年』という必然的な「結末」を提示して、そこに向かって淡々と、それでも愛おしくなるくらいじっくりと「過程」を描くことに注力した作品です。そのため、茉莉とその周囲の人々の想いや成長に折り合いが丁寧に胸に刻まれていく。そうなると、もう素直に良かったとしか言えないんですよね。

まして、その押し寄せてくる物語と感情の流れは10年分です。長いようで短い、そんな絶妙な年月が映画尺の中で巧くリズムを取って描かれるので、リアルタイムで茉莉の人生に寄り添ったかのような感慨があります。思えば藤井監督の前作も、映画尺で一人の長いようで短い20年の人生を切り出して追ったものでした。いや、そっちはやくざ映画でしたけど……


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エンドマークに向かって『余命10年』感想
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