社会のダストダス

余命10年の社会のダストダスのレビュー・感想・評価

余命10年(2022年製作の映画)
4.2
公開初日に観に行っていて、その日のテンションのせいなのか、期待値が高かったぶん案外普通だったな―くらいの感想でいったん終わっていたのだけど、日を改めて何となく2度目の鑑賞をしたら、何とびっくり5回くらい泣いてしまった。似たような経験を『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』でもしている。

監督は藤井道人、普段観る映画を選ぶときはあまり監督では選ばず、どちらかといえば出演者基準で探すほうであるけど、何だかんだで『デイ&ナイト』以降5作目の鑑賞。これだけ続けて観ていれば、そろそろ好きな監督といってもいいかもしれない。今回は大好きな小松菜奈さんが主演ということで、それはもう公開日を指折り数えてお待ちしておりました。

『新聞記者』や『ヤクザと家族』のような社会派ドラマや、清原果那さんのファンムービーとして至高の『宇宙でいちばんあかるい屋根』のようなちょっぴりファンタジーが入った作品まで多彩なジャンルを取り扱っている印象の監督。どの作品も題材として「生きる」ことの難しさを描いているのと暗色をベースとした映像がすごく綺麗。そんな藤井道人監督が美しい小松菜奈さんを映したら、どんな美しい画になるのだろうという不純な欲求を前提に鑑賞。

約一年かけたという撮影期間、全てが順撮りだったのかどうかは分からないけど、時間が経つにつれ明らかに痩せていく小松菜奈さん。後半の方では頬の輪郭もくっきりシャープになってしまっているし、背中もかなりガリガリで衝撃的なものに。前歯を折るほど肉が好きな小松菜奈さんのここまで瘦せ細った姿を見るだけでも、この作品に賭けた想いの一端を垣間見た気がする。

小松菜奈さんといえば食事の場面で名シーンを生み出す女優という認識を持っている。『さよならくちびる』でのインタビュー中にふてくされなれながら食べ始めるシーンは予測不能な行動への興味を煽り、『糸』での中島みゆきの♪糸を聴きながら泣きながら不味いかつ丼を食べる姿は映画ハイライトであり、『ムーンライト・シャドウ』での海老天を実にエロティックに頬張るご尊顔のアップには神々しさすら感じた。そして本作においては、塩分制限を無視して一人居酒屋で泣きながらピザや焼き鳥をヤケ食いするという、過酷な減量を経て更にパワーアップした小松菜奈さんの食事すがたを観ることが出来た。

藤井道人監督の過去作品では悪役のインパクトが強かった田中哲司さんが茉莉を10年間支える主治医を好演、パンフレットのメッセージに「瞳の奥に闇が見えないように気を付けました」と書かれていて笑った。そういう映画ではないと分かっていても、この人は最後になんかやらかすんじゃないかと思ってヒヤヒヤしながら観てしまった(茉莉が希望したように新薬の実験台にするとか)。リリー・フランキーも終始背中で語るような男で格好良かったのだけど、裏で「先生」とか呼ばれている人だったらどうしようとか思うとやはり安心できなかった。

小松菜奈さんの演技は勿論素晴らしかったが、同様に今までそんなに眼中になかった坂口健太郎さん演じる和人も凄く良かったのが個人的収穫。同窓会で茉莉と再会し、その後の自殺未遂をきっかけに茉莉の人生に関わっていく和人。和人の茉莉に対する感情は恋愛より先に、自分を救ってくれた茉莉に対する感謝や尊敬が前提にあったはずで、アプローチや身の引き方の距離感が凄くリアルな印象を持った。2回目の鑑賞で何であんなに感動したんだろうと考えたときに、たぶん和人側の視点で最初から観ることが出来たからだと思った。

良い映画だった。当初、ゴールが決まっているいわゆる余命モノを撮ることに関して抵抗があったという藤井監督だが、蓋を開けてみると意外なほどド直球な内容。ゴールが決まっているなら当然、過程が気になるわけだが、過去の余命を題材にした作品と比べても特に意外性は感じなかった。でもそれは原作者であり茉莉のモデルである小坂流加さんのメッセージを改変することなく、作品テーマと正面から向き合い戦ったことの現れかもしれない。

10年という経過期間の中で繰り返される四季折々に映える小松菜奈さん演じる茉莉の表情は総てのシーンをスクショしたいくらい美しい。円盤が出たらメイキング映像とかが非常に楽しみな作品。茉莉と和人の、希望の物語とも救済の物語ともいえるけど、ビターな後味が強く残るのはやはり藤井道人作品らしいと思った。