みかんぼうや

ある男のみかんぼうやのレビュー・感想・評価

ある男(2022年製作の映画)
3.9
【作品としての重さとエンタメ性の絶妙なバランスと役者陣の確かな演技力が作り上げる、ミステリーにして、強い社会派メッセージを提示する高次元のヒューマンドラマ。】

「ザリガニの鳴くところ」から20分空けてのはしご鑑賞でしたが、全く集中力が途切れることのない、非常に濃い2時間でした。フィルマのレビューを読み、「ただのミステリーでは終わらない」という内容が多かったのも納得。社会派作品的メッセージもしっかり詰め込まれた作品でした。

仕事中の事故で死んだ夫が、死後、聞いていた名前と別人の男であることが発覚する。「自分が結婚した男は一体だれなのか?」・・・ミステリー作品なので、中身には触れないようにしますが、正直なところ、この“別人成り代わり”設定自体は、ほかの作品でも見られる内容で、あまり目新しさを感じるものではないですよね。

しかし、その“別人”の裏にあるテーマが深いです。そのテーマ自体も、いくつかの邦画で観たことがあるテーマではありますが、それは必ずしも日本に限った話ではないと思っています。ただし、日本は一度ネガティブなレッテルが貼られてしまうと、特に社会の受け入れ態勢やドロップアウト後のサポート体制が整っていない国、というものをテレビのドキュメンタリーで見たことがあります。それが仮に本人自身の問題でなかったとしても・・・

う~ん、やはりこれ以上は書けない。けど、書かないとこの作品の魅力は伝わらないし、レビューの中身が薄くなってしまう(汗)。「ネタバレ」機能を使うべき作品かもしれませんね。

上記の通り、テーマ自体は、正直なところ目新しさはないのですが、ミステリーベースで展開が分かりやすく、映画としてのエンタメ性が高いのに、そのエンタメ性が“重さ”や“シリアスさ”を損ねない絶妙なバランスなので、時々出会う“エンタメ性が強くて観ていて引いてしまう”ということも一切なく、最後まで没入感がありました。

締め方も、その判断に至るくだりが薄く若干唐突感はありましたが、物語のテーマをうまく引っ張りつつエンタメとして最後まで魅せるラストだったので、個人的には好きでした(他の皆さんのレビューを拝見すると、原作とは違う映画オリジナルの締め方のようですね)

そして、本作は何よりも俳優陣の演技が良いです。没入感の最大の要因は、この役者陣の力ではないでしょうか。妻夫木聡は、若かりし頃の「オレンジデイズ」や大河ドラマ「天地人」の印象が強く、爽やかイケメン青年、という印象がしばらく強かったのですが、「ぼくたちの家族」や「怒り」で落ち着いた味のある演技に魅力を感じ始め、本作で、穏やかで冷静な姿からの瞬間的な怒りを表現する緩急をつけた演技に魅了され、とてもいい歳のとり方をしてどんどん魅力的な俳優さんになっているなあ、と本作で強く思いました。実は同い年なので、こういうカッコいい歳のとり方ができたら素敵だな・・・なんて思ってしまいました。

窪田正孝の演技は多分初めて観たかもしれません。こちらも、陰のある男の演技が絶妙でとても良かったです。他の作品ではどんな演技をしているのかがとても気になりました。

そして、もはや“妖怪じじい”的(誉め言葉ですよ)な圧倒的存在感を放つ柄本明。なんでしょう、もはや「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクターを彷彿とさせる不気味さでしたよ。出演時間はトータルで10分強くらいだと思いますが、出演者全員の演技を喰ってしまうくらいの存在感。彼のこの演技と怒りが露になった妻夫木君が対峙するシーンは、本作の中でも個人的に瞬間最大風速ナンバーワンの場面でした。

安藤サクラは、本作の役柄上、そこまで特徴的な役柄ではなかったですが、もはや言うまでもない自然な安定感の演技でした。

ミステリーとしてのエンタメ性、ヒューマンドラマとしての社会性、確かな演技力の俳優たちによって作り上げられた非常に見応えのある面白い作品でした。
みかんぼうや

みかんぼうや