カツマ

ベルファストのカツマのレビュー・感想・評価

ベルファスト(2021年製作の映画)
5.0
モノクロの時代に想いを馳せる。大好きな街、大好きな家族、離れられない場所。駆け回るその時にたくさんの愛があって、学びがあって、悲劇もあった。思い出すのはそんな懐かしい風景の数々で、少年は無邪気なままベルファストの街で生まれ育った。それは故郷、無くならない、絶対に無くならない人と記憶。涙の前にきっといつもの日常があって、大好きな人たちの笑顔があった。

今作は監督のケネス・ブラナーの幼少時代を元ネタにした半自伝的な作品で、今年のオスカーでも見事最優秀脚本賞を受賞。モノクロの中で躍動するのは1969年の北アイルランドのベルファストの街で、それは後年、北アイルランド紛争と呼ばれることになる発火点であり、その後何十年にもわたる恐怖の時代の入り口。ただ、混沌の時代を描いているにも関わらず、劇中はコミカルでどこか優しい雰囲気を隠さない。それはブラナー自身が見てきた子供の世界。愛する家族たちによる、懐かしい日常だった。

〜あらすじ〜

1969年、北アイルランドのベルファストの街で。少年バディは突如勃発した暴動に巻き込まれ、母が待つ家へと飛び込んだ。それはプロテスタントをキリスト教の宗派とする人たちによる暴挙であり、彼らは宗派の異なるカトリックの人間たちの家を壊してまわっていた。何とか暴動をやり過ごしたバディとその家族だが、ロンドンの仕事から父親が帰ってきた頃には街は荒廃しており、見る影もない惨状。ベルファストの街には瓦礫を積み上げたような壁が築かれた。
それでもバディは祖父母とののんびりとした会話を楽しみ、同じクラスの女子に恋をして、たまに帰ってくる父親と散歩をしたりして毎日を過ごしていた。だが、その裏では父と母の夫婦喧嘩は絶えず、家族はベルファストを後にするのか、それとも危険な状態でも街に残るのかの大きな選択を迫られ始めていた。

〜見どころと感想〜

少年バディ目線から覗かれる北アイルランド紛争の始まり。ベルファストの人々からすれば恐怖の時代の幕開けだったはずなのに、この映画は街への愛着と、そこに住む人々の笑顔を切り取ることを忘れなかった。シリアスな面は多い。だが、それと同じくらい街には幸せなことも溢れていて、少年の目から見る日常は確かに光り輝いていたのである。それを劇中で表現したコミカルな描写がとても愛らしくて、それが次第に大粒の涙に変わっていたことに自分自身、気付かないくらいだった。

監督のケネス・ブラナーの生き写しである主演のバディを演じたのはジュード・ヒルという少年で、彼を発掘できたことが監督自身にも霊感を宿らせたようである。他のキャストもアイルランドの血が流れている陣容で揃えており、祖父役のキアラン・ハインズに関しては監督の実家の近所に住んでいたそう。ジェイミー・ドーナンもアイルランド出身、名優ジュディ・デンチにもアイルランドの血が流れているなど、監督は今作のキャスティングにアイルランドの要素を重視した。
演技面では祖父母のアラン、ジュディの二人がオスカーにもノミネートするなど素晴らしい演技を披露。二人とバディのほのぼのとした会話劇がこの映画を優しい映画として認識させてくれた。

素晴らしい映画だと思う。歴史の闇を描きつつ、家族愛を描き、そして、北アイルランドのベルファストという街への憧憬がそこには確実に息づいている。少年バディが無邪気だからこそ、シリアスな面もどこか朗らかで、ヴァン・モリソンのサウンドトラックが愛する街を慰めるように鳴り響いていく。それはとても優しくて美しい物語。この懐かしい写真のような映画を大事な場所に仕舞っておきたい、そう思わせてしまうほど、沁み渡るような余韻が頬をしたたかと打っていたのでした。

〜あとがき〜

今作が最優秀脚本賞を受賞したことで、ケネス・ブラナーにとっては初めてのオスカー獲得となりました。凹凸は少ないにも関わらず、後半に向かうにつれて感動の波を寄せてくる描写が見事な作品でした。この手の作品は大好きなので文句なしの満点です。映画館で観れて本当に良かった。

ベルファストの街への愛、家族への愛。シンプルだからこそ届く想いがあるのでしょう。傷ついた歴史の痕が消えないからこそ、この映画の優しく包み込むようなラストがどうしようもなく自分の涙腺を刺激して、柔らかなエンドロールを迎えさせてくれました。
カツマ

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