Oto

カウンセラーのOtoのレビュー・感想・評価

カウンセラー(2021年製作の映画)
3.8
緊張感のある中編ホラー。見てはいけない不思議な出来事を覗いているような、矛盾や説明のつかない部分があえて残されているような、なのに細部の表現まで意識が行き届いているような、興味深い作品だった。やっぱりぼくらは、惑わされたいし騙されたい。「リアル」で「考えさせる」作品ばかりが評価されるけど、上質な「嘘」で「楽しませる」作品も絶対に必要だよな、と改めて教わった気がした。

予算や制作プロセスをオープンにしていて、映画プロジェクトとしても新しい試み。ちょうど自分も低予算ホラーの企画をお手伝いしているので拝見したけど、ユーロスペースの全記事、メイキング映像、篠崎監督との対談、シナリオメモなどすべて見られてすごく勉強になった。

特に新しい挑戦だなと思ったことについてまとめると...

①予算の中で無理をせずに最大限面白くなる企画と表現選び
『検察官』や、『羊たちの沈黙』のトマスハリスの『カリ・モーラ』(黒沢清『CURE』の元ネタでもある)、江戸川乱歩などを起点に、信頼できない話し手の「尋問」だけで進む(主人公は話を聞いているだけなのに面白い)作品にしようということで、「カウンセラー」を選んだということらしい。

地続きの時間の流れとそれに挟まれる回想の可視化だけで、魅力的な物語になっているのは、回想内の話す内容が現在と混在していたり、現在と過去をシームレスにつなぐ音や動作の仕掛けがあったり、見せ場での「憑依」(厳密には、転移と反転移と言うらしい)があったり、表現として飽きさせない工夫がたくさん施されているのも大きいと感じた。ホラーへの深い研究と洞察があるんだろうなと思う。

「リアリズムに興味がない」と監督は言っていたけど、たしかに映画的な「外連味」みたいなものがこの作品の大きな魅力になっているな〜と思う。3階から降りてくると思ったら栗林が下から上がってくるシーンもそうだし、上に挙げたようなものもそうだけど、『ラストナイトインソーホー』にも通ずるような「ハッタリ」が良いなと思った。
タイトルクレジットの主観映像も誰の視点かみたいなものを超えて簡潔に空間を伝えつつワクワクさせる面白いアイデアだし、冒頭も垢舐めの視点のような不気味さがあってゾクゾクさせる。

表現上のテーマとして「面白い」の語源である「聞き手の表情が炎で明滅する」画を描きたいと考えていたと聞いたけど、蝶の影が顔を遮るみたいな表現も象徴的で印象に残った。
近年は"Interest"(観た後の感慨深さ)ばかりが重視されて、"Fun"(即物的なドキドキ)が疎かになっているという話もたしかにそうだなと思っていて、たしかに「憎悪が伝染する」(精神科医の自殺率が高い)みたいなテーマも大事だとは思うけど、それよりも映画的な没入の方が大事なのでは?というのは納得する。

一方で、あえて小説を参考にして作ったということにも関係するのかもしれないけれど、いわゆる面白い小噺を聞いた以上の何かが残ったかというとわからなくて、長編くらいの尺でテーマを深掘りしたバージョンも観てみたいという思いはある。
「生まれたくない、そう言っているように私には思えた」カウンセラーは患者と同じ問題を抱えていることで憑依が起きたわけで、目を瞑って考えないようにしていた葛藤が浮き彫りになったわけだけど、問題が表出した段階(つまりまだ向き合っていない段階)で物語が閉じてしまった物足りなさも同時に覚えた。

"ドラマ"(同じ時間軸の一つのシーンを長くしたもの:カサヴェテスや濱口作品)と"物語"(一つの時間の中の感情よりも流れる時間をみせるもの:ブレッソン作品など)を区別していて、低予算で作るなら、ドラマ志向の方が確実に映画の密度を上げられるという話もすごく勉強になった(小中学生が面白がれるような普遍性を作れるかは別にして...)。

②現場とチームと編集で、作品をより面白くする意識
メイキングを見ていると「これもリハで生まれたのか!」みたいなシーンが割とたくさんあって、背中を押すトランジションとか、紅茶のフタを外すとか、面白いなと思った描写が意外にも現場の実験と交流を通して見つけられていることがわかった。
あれだけ繰り返し出てくる液体のモチーフ(手洗い、喉が乾いた、わかめ、風呂場、血...)も脚本の時点では意識していなくて撮影部に指摘されて気づいたということを聞いて驚いた。

「頭で思っていることと、発言と動作が全て一致してしまっていると、説明的で面白くならない」と篠崎監督が補足していたけど、脚本とか監督個人の発想の枠を超えて、貪欲に面白い選択肢を探しに行っているのがすごくいいなと思った。特典の改稿メモでもかなり大きな変更があることがわかる。

実際、編集段階でも新たに作品を再構築するようなイメージで行っていたらしく、オープニングカットの不気味で微妙なパンも編集段階で付け足しているらしい。プロデューサー、スタッフ、俳優がそれぞれ遠慮することなく意見を交わし合いつつも、監督が主導権を握っている理想的な現場に見えた。

③透明性のある映画プロデュースと資金集め
冒頭で触れたように映画の作り方としてすごく新しい。制作としても無理をせずに、一日8時間*4日で撮り切ったたしいけど、なかなかできることじゃないし、コロナの不要不急文脈もあったからクラファンが集まったという話もあった。

実際、これだけ情報やメイキングがオープンになって公開と同時にみられるようになっているのは、自分みたいな立場の人たちにもかなりプラスになるし、「プロセスエコノミー」の時代とか言われて、お金を取るタイプのWSが問題になったり、監督によるセクハラも大きな社会課題になっているけど、単純に面白い作品を作るということ以上に、作り手の誠実さが問われる時代になっているんだな〜。美学校の先輩の作品だけど、自分も学ばないとなと思った。
Oto

Oto