歌代

ワース 命の値段の歌代のレビュー・感想・評価

ワース 命の値段(2019年製作の映画)
3.7
面白かったです。
ただ、お話が突きつけてくる問いと、俳優陣の演技はとても良かったのですが、映画的な演出が成功してるのかはちょっと疑問。
(あと1点、観た人に聞きたいことがあるのですがネタバレになるのでこのレビューのコメントに書きます)

月並みですが、3.11の時のビートたけしの言葉「数千人、数万人と数で見るから実感が湧かない。被災者ひとりが数千、数万とあると考えるべきだ(そういうニュアンスだったと記憶しています)」が頭をよぎりました。

主人公の弁護士ケンは事件被害額に関する訴訟のエキスパート。9.11における被害者遺族への救済基金プログラムの計算式を組み立てるという汚れ役を無償で引き受ける。
航空会社は集団訴訟を避けるため、国は経済の傾きを抑えるため…思惑に板挟みになることを承知で、国のため、遺族のためにと意気揚々と臨むが…。

序盤、ケンは整然とした美しい音楽を好み、また、将来に対する計画をしっかり練る人であることが語られます。今度の基金も計算式を用いて将来性と収入から導き出し効率的に解決をしようと自信満々。
しかし、遺族は全く納得しない。

ケンは9.11にショックを受けた1人でありながら、立場上、遺族を数としか見れていない。
1万件弱の事件をひとつひとつ慮ることはあまりに難しいからです。
ケンは遺族との面談もスタッフに任せます。
しかし、そこで語られるのは一人一人のドラマ。そしてあるはずだった未来。
"過去"から計算する方法はそもそも噛み合っていないのです。
計算式を修正するのは政治的に難しい。
しかし政府から提示されている目標数にもまったく届かない。

なによりケンの無神経さが遺族にとっては何よりの侮辱です。
ケンは正論と効率を振りかざしますが、遺族はそもそもそこよりも感情の行き場を探している。
そして感情には正しさなんかない。
ましてや自分の愛する人が情の一切ない計算式によって数値で表現されてしまうという侮辱。

収入によって表現できる人生などひとつもない。

ケン役のマイケルキートンは好きだし、今回も好演でしたが、遺族のキャストの演技が素晴らしかったです。
ヒーローとして亡くなった消防士の夫を亡くした彼女。
同性の恋人を結婚間近に亡くし州法により後見人として認められないため遺族として扱われない彼は存在や関係を否定されたような想いを抱えながら生きている。
言葉にしなくても感情が伝わるようなあの表情の演技は胸に来ました。

また、当時4歳でまったく実感がない自分は9.11をわかっていなかったんだなと再確認。
アメリカ映画好きな自分にとって、度々重大な思い出として登場していたのもあり、ネット検索程度は何度もしていた事件ですが、資料や映像を見ても被害者でないアメリカ国民にとってのその重さがピンときていませんでした。
しかし真珠湾攻撃に喩えたニュース映像(実際の映像なのかな)一発で、まるでその場にいたかのような不安感を体験しました。
主役が政府と国民の間という立場でありながらいち国民でもある…そういう映画というのもあり、実感として9.11を遠くに感じてた人にとっての感情の資料にもなる作品なのではないでしょうか。
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