みかんぼうや

ちょっと思い出しただけのみかんぼうやのレビュー・感想・評価

ちょっと思い出しただけ(2022年製作の映画)
4.1
【主演2人の演技が作り上げるキャラクターの魅力にただただ惹きつけられる。コロナ禍の東京に生きる若者たちの実像を描く和製ジム・ジャームッシュ的作品】

結構最近公開した映画として気になっていた映画だと思ったら、もうアマプラ配信!しかも見放題!「さがす」の時にも思ったけど、本当に凄い世の中になったものです。

さて、本作の正直な感想は、いわゆる“雰囲気映画”と思いつつも、完全にその“雰囲気”に飲み込まれノックアウトしました。切なさもある話だけど観ていてなんとも心地よさを感じる、すごく好きな作品です。ストーリーそのものは、はっきり言ってどこにでもありそうな倦怠期カップル物です。が、主演2人の圧倒的な魅力とその2人が発するちょっとしたワードのチョイに魅了され続けます。加えて、同じ日(7月26日)を1年ずつ前に遡っていくという時間逆行の構成で話の流れや展開でも興味を引っ張り続け飽きさせません。

まず、主演二人の池松壮亮と伊藤沙莉の2人の魅力が絶大!いや、この2人でなかったら、時間を遡る構成の面白さ云々の前に、この作品にそこまで魅力を感じなかったと思います。それほどこの2人のキャスティングが作品の面白さに占める割合は大きいです。

池松壮亮については、若手俳優(もう若手ではないのですかね?)の中でも好きな俳優さんです。が、つい先日観た「夜空はいつでも最高密度の青色だ」の演技を見て、「あれ・・・こんなだったっけ?」という違和感とちょっと残念な感覚を持ったのですが、本作を観て「やっぱり彼の雰囲気と演技は他の俳優にない魅力に溢れている!」と確信。「夜空は・・・」は演出とキャラクターが合っていなかったのかな。本作の人当たりがよくて物腰は柔らかく、あまり感情を全面には出さないけど内に秘めたる熱量は強くて芯がある、みたいな役柄は、とてもハマり役だと思います。

そして、実力派としてよく名前を聞く伊藤沙莉。実はほとんど出演作品を観たことがなく、先行してTVのバラエティーで見ることが多かったのですが、本作の演技一発で「うわ、やはり凄い!」と唸らされました。とにかく全てが自然!しかも、この役柄、かなり難しいと思うのですよね。普通にいそうなんだけど、ただ恋愛に没頭するキラキラ女子ではなく、女性タクシードライバーという、乗客を通じて世の中の酸いも甘いも見てきた年齢以上に達観しているようで、でもやっぱり好きな男性の前では天真爛漫な可愛らしさ出る、という様々な側面を持った人物像。この少し特殊性のある普通の人を物凄く普通に(自然に)演じられる、ということに、彼女の圧倒的な演技力を感じました。その演技力の結果、彼女が演じる葉(よう)という女性が物凄くチャーミングに見えましたし、彼女の他の出演作の違ったキャラクターの演技も色々見てみたいと思わされました。

と、レビューの大半が主演2人の話になるくらい、2人の魅力=作品の魅力、というほどのインパクトがありました。が、その2人の演技を最大限に引き上げているのは、もちろん松居監督の巧妙な演出や現場作り、一つひとつの丁寧なセリフ回しも含めた脚本の巧さなのでしょうね。そういう意味では、この制作チームが作り上げる作風が、自分が心地よいと思う感覚にピタッと合ったのかな、と思います。

ちなみに、作中で何度となく「ナイト・オン・ザ・プラネット」の映像や劇中シーンを模倣した内容が出てくるように、松居監督のジム・ジャームッシュ愛を凄く感じる作品でもあります。ベンチに座る永瀬正敏や淡々と同じ日を映すような演出も「パターソン」へのオマージュかな?

これまでのレビューでも書いてある通り、実は私はジム・ジャームッシュ作品があまり肌に合わないのです(ただ、本作に出てくる「ナイト・・・」のウィノナ・ライダーの章は大好き!)。が、よく考えると本作の繰り返される若者の日常的コミュニケーションを淡々と描く作風は、和製ジム・ジャームッシュ的作品で、なのにこちらは非常に肌に合っています。これはやはり言葉や文化からくる感覚の違いが大きいのでしょうね。そういう意味では、私にとって邦画の良さが特に強く出た作品でもあります。

最後に、多分コロナ禍を扱った映画を観たのは本作が初めて。映画の中でもみんながマスクをつけている姿がとても印象的でした。20年とか30年先に、この2年のコロナ禍を知らないその時代の若い子が本作を観て、「なんでみんなマスクつけてるの?」なんて疑問を持つ時がくるのかな?「映画はその時代を表す」なんて言いますが、まさにコロナ禍を映像記録として残す作品でもあるなと思いました。
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