ジャン黒糖

ちょっと思い出しただけのジャン黒糖のレビュー・感想・評価

ちょっと思い出しただけ(2022年製作の映画)
4.4
監督で観る映画。
今回は松居大悟監督×クリープハイプ×池松壮亮③。


劇場公開当時に観に行くも言葉がまとまらず、投稿を放置していた本作。
今年は年始に『コーダあいのうた』を観て、「今年早くも年間ベスト3は間違いない」と断言。
そして最近『トップガン マーヴェリック』を観て「今年これから先、よほどの映画が出てこない限りぶっちぎりNo.1!」と豪語。

そのとき、ふとこの映画の存在を"ちょっと思い出し"、自分のコメントに思わず「しまった…!」と思った。

はい、そうなんです、、レビュー放置してしまっていたけれど、本作、、、最高だったんです。。
という訳で今年前半にして早くも“年間ベスト3“埋まっちゃいましたー!!!笑
(といいつつ、上半期は新作映画を10本も観ていないので打率高すぎ、というか他の話題作も観たらランキング変わりそう笑)

【物語】
2021年7月26日。
かつてダンサー・振付師の道を歩もうとしていたが夢半ばで諦めた照生は、いまは照明技師として、講演舞台の準備に向け照明の調整をしていた。
一方、タクシー運転手として働く葉はいつもどおりお客さんを目的地へとお連れしていた。
ふたりともいつもどおりの1日を送っていたが、その日、偶然舞台上に立つ照生の姿が目に入った葉は、図らずも2人で過ごした思い出が甦ってくる…。

【感想】
別れた2人の過去に徐々に遡る構成自体はフランソワ・オゾン監督の『ふたりの5つの分かれ路』を彷彿とさせる。
あちらの映画は離婚が成立するまさにその瞬間から物語は始まり、なぜ2人は別れなければいけなかったのか、5つの分岐点を遡って描いていく話で、ラストには「その瞬間さえも、2人にとっての分かれ道はだったのか…!!」と阿鼻叫喚。

一方、本作『ちょっと思い出しただけ』は、照生の誕生日でもある7月26日を、2021年現在から6年間遡って見せていく。
どこまで作り手の意図があるかはわからないけど、同じ日を1年ごとに遡り続けるひとつの効果には時間の不可逆性、均質性があると思った。

先ほど例に挙げた『ふたりの5つの分かれ路』は、2人が別れるに至る2人にとって決定的な"分岐点"として5つのエピソードを描いていたのに対し、本作は直接“分岐点”を描かない。あくまで7月26日という、"同じ日"だ。
ひたすら“同じ日”を描くことで「あの時期、私たちってああだったよなぁ」と、まさに“ちょっと思い出しただけ”にとどまる。
(その点、コロナ直後の2020年の思い出の薄さたるや笑)

この映画は“ちょっと思い出しただけ”にとどまるからこそ、そこには別れの予兆や、付き合ったばかりの熱量が、時間という不可逆な流れのなかで均質に描かれているように感じる。

だからこそ、ちょっと引いてみれば「偶然同じ日に出来事が詰め込まれすぎでは」と思わなくもないけれど、照生と葉、2人それぞれにとっては現在から見た“あの頃の夏”ぐらい、アバウトな尺度として照生の誕生日である7月26日が描かれている、と自分は捉えた。
ちなみに、これ仮に葉の誕生日で6年間描いてたら別れる前は誕生日を照生は忘れてただろうし、コロナ禍も誰と過ごしてるかそこでわかって、ラストの余韻も全然違う映画になってただろうな…笑


口コミヒットの感じから、昨年ヒットした『花束みたいな恋をした』を思い出すけれど、本作の場合はもはや"男女2人の恋愛映画"ですらなく、照生と葉、それぞれが現在からこの不可逆な6年間を、均質に“ちょっと思い出した”ことで見えてくる、現在進行形の自分たちにとっての"思い出"の豊かさを感じた。

それは決して過去を美化する訳でもない。
ただ、いまの自分があるのは“ちょっと思い出した“に過ぎない、断片化された過去ひとつひとつの集積によるものだ。

あぁ、自分も照生と葉と同じではないけど、この数年で、付き合っていた彼女と結婚して、子供が生まれて、家買って、順風満帆と思ったらコロナが来て、そんな折2人目が生まれて、コロナ禍で疎遠になった友達もいたりして…と、思い返せば色々なことがあったなぁ。
あのときあんなことして、あそこに遊びに行ったりして…なぁんてことを"ちょっと思い出し"てみる。

すると、なにごともあの頃描いていたような人生とは程遠い部分もあれば、やりたいこともできているし、家族の存在に支えられていると感じる瞬間も多いことに気付かされる。
そんなことを思いながらもよし、今日もまた1日、頑張ろう。

なぁんて思い出に浸りながら映画を観ていると、最後にはこの映画の元となった楽曲、クリープハイプ「ナイトオンザプラネット」が流れてタイトル『ちょっと思い出しただけ』が出てきて一気にエモが爆発。
この曲がまた自分の過去を"ちょった思い出す"のにちょうど良いメロディなんだわ。

今回、クリープハイプ尾崎世界観さんから監督に「自分たちにとって、またひとつ成長できた曲ができた」と声が掛かって本作の企画が始まったという。
『自分の事ばかりで情けなくなるよ』と、その前後におけるクリープハイプのMV、そして『私たちのハァハァ』。
それからは久しぶりのクリープハイプの世界観、尾崎世界観さん発信による映画企画。

監督自身、商業性のある『くれなずめ』『バイプレイヤーズ』あたりで、これまでの作風でもあった、作品に込めた作家性に熱のある描写について、一度冷静になったタイミングがあったという。
そういったタイミングもあり、本作は①クリープハイプの「ナイト・オン・ザ・プラネット」が最後にかかったときに一番映えるように作ること、②監督自身に内在する作家性よりは観客自身の感性に委ねてみること、の2点が頭にあったという。


上に挙げた尾崎世界観さん、池松壮亮さんとの共作2作に比べるとみんな大人になったというか…見事に彼らの術中にハマってます。。笑
観終わって時間が経てば経つほど、この映画の"思い出"が自分のなかで大きくなってくるというか。。。


そしてこの映画タイトル、『ちょっと思い出しただけ』って、めちゃくちゃオシャレなタイトルじゃん。

日本映画史上でも個人的にはベスト級に好きかもしれない。
『誰がために鐘は鳴る』『書を捨てよ町へ出よう』『あるいは裏切りという名の犬』などなど、カッコいい映画タイトルは挙げたらキリがないけれど、本作のタイトル『ちょっと思い出しただけ』って、こんな端的に映画の内容について言及していながら、誰にでもある普遍的すぎる体験を見事表した一語で、これをクリープハイプの楽曲の一節からタイトルに持ってきたセンス、最高じゃない?笑


役者陣もまた良い。
照生と葉を演じた池松壮亮さん、伊藤沙莉さんという芸達者による実在感あふれる2人は言うまでもなく最高。
特に伊藤沙莉さん、これ見て好きにならずにはいられないっしょ!

個人的に推してる河合優実さんが良いのも最高。
成田凌さんも良かった、こういうバーの常連いるよな笑
國村隼さんはいつもの國村隼さんで最高。

そしてここで特筆したいのがニューヨークの屋敷さん。
いまや人気売れっ子芸人ぶりがえぐいニューヨークで、屋敷さん自身結婚されたばかりだけれど、この映画が公開された2月はまだ人気の上がり調子がいまほどえぐい所まで来ていなかったことを考えると、ベストなタイミングでこの役をやられたなぁと。
Abemaでニューヨーク恋愛市場を毎週見ている自分としては、あの毒っ気とモテ要素が絶妙な立ち回りをしている屋敷さんの魅力がほぼそのまま炸裂した役だった。

「夏、来ましたわぁ」「あ、そうですか、お疲れ様です」という、路地裏での伊藤沙莉さんとのやりとりなんか最高すぎて笑ってしまった。
あの場面、限りなく屋敷さんにしか見えない笑


ということで、ここまでで言及してこなかったけれど、これまで松居大悟監督の映画って、どうも男子校ノリ、というかその熱量に若干ついていけず、特に『くれなずめ』などの超現実的な飛躍した描写も意味わからず、個人的にはあまり好きになれなかった作品が多かったけれど、ことこの映画に関しては、時間という不可逆性、均質性について、ウェットになりすぎず、超現実的な描写もほとんどない。
描かれるとしても、"ちょっと思い出した"末に、あのままの人生を歩んだら、という"もしも"が一瞬描かれる程度で、『ララランド』のラストがドストライクの自分的にもこれぐらいの超現実はgood!

そして、映画を観終わってみると"ちょっと思い出しただけ"の自分の人生について「悪くないな」と前向きな感慨が残る。
いやー、今年のベスト3、決まりました!!笑
ジャン黒糖

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