蛇らい

リコリス・ピザの蛇らいのレビュー・感想・評価

リコリス・ピザ(2021年製作の映画)
3.9
際限なく私的な物語であるが、その際限のなさはすべて映画の楽しさへ奉仕され、誇示するためのものではないところが素晴らしい。一見、ユートピアに見える時代や街、空気感を賛辞する訳ではなく、その時代の刹那的な時間、間違いなく過ぎて行き、体感した時間をを尊く描いている。

印象的であった走る演出は若さの象徴であると同時に、人間の中にある野望や魂が身体という入れ物を飛び出そうとする現象に見える。何かに向かっていく対象があるからこその動作は登場人物に体温を与える。走るという動作は本来、喜怒哀楽と肩を並べ得る感情表現であることである気づきがあった。

キャスティングにもストーリーを感じさせる。元々、HAIMフォロワーであったが、彼女たちのMVをPTAが撮っていたとは露知らず。アラナ・ハイムが映画初出演で、初日にブラッドリー・クーパーと共演し、音楽的にもトム・ウェイツと共演するという彼女にとって夢のような出来事であっただろう。

HAIM一家や、クーパー・ホフマンを始めとするPTAとの関係性は最早、ある種のファミリーであり、彼の人生にリファレンスしてきた人々が映画に出演するのは、彼にとって必然なのかもしれない。

劇中の主人公2人以外の大人の登場人物は皆、自分のアイデンティティを確立し、一時代を築き終わり、後は時代に埋もれて行く人々に映る。その中でアラナは、彼らに近づくことで迎合しようとするが、虚しくも振り落とされる。アラナはアラナの人生や時代を自らで築く義務があり、同時代を生きるゲイリーだけが掬い上げるのも必然だ。主人公2人だけのシーンが、浮遊感のある他の登場人物のシーンよりも妙に真実味がある。

アラナが時に何かにすがる子どもに見えたり、逆にゲイリーが一端の大人に見えたりする瞬間がある。歳の離れた2人が絶妙なコントラストの上にいることによって、年齢差による恋愛観という安易な主題から上手く切り抜け、もっと普遍的な見方ができる。

繰り返しや反復をフックにした歪な構成の物語である本作。アナログレコードのレコード針が次の曲の溝に移動する様に、一曲が積み上がって一枚のアルバムになる様に、自分の人生を名盤にしようともがく、どうしようもなく愛おしい作品ではないかと思う。
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