優しいアロエ

ゴッドファーザーPART IIIの優しいアロエのレビュー・感想・評価

ゴッドファーザーPART III(1990年製作の映画)
3.9
 元々『マイケル・コルレオーネの死』という外伝として製作予定だっただけあり、小スケールで静かな作品だった。「1、2に比べると...」が枕詞となっているこの3作目だが、これはシリーズモノとして大いにアリな一本だった。
——————

 前作から20年経った1979年。あの非情なマイケルにも変化が訪れる。PARTⅡでのマイケルは、家族を守ろうという思いがどこかで歪曲し、権力に執着してしまっているように見えた。しかし本作のマイケルからは、心から我が子を愛しているという側面が強く感じられるのだ。

 大人になった娘役にはソフィア・コッポラ。(絶対親バカな)コッポラパパと、娘を愛するマイケルが重なって見え、妙な説得力を生んでいる。ソフィア・コッポラの演技については否定的な意見も多いが、知性と世間知らずさが感じられて私的には好印象だった。

 そしてマイケルについては、「アメリカの体制社会」というテーマを背負った男としても、製作側がどう落とし込むか気になるところであった。本作のマイケルは、息子アンソニーを大学ではなくオペラの道に進ませてやったり、神父の前で懺悔したりと、前作からは一変した行動を見せた。これは救われるのではと本気で思ったし、救われてほしかった。

 だが結末は、またも悲劇的なものだった。この因果応報とも云える結末。コッポラ監督は、現代のアメリカ社会への批判、そしてマフィアという形態の否定を(ときに同情しながらも)妥協を許さず描き切った。
 
 マフィアというものは20世紀のアメリカで生まれるべくして生まれた。しかし、現代化に伴う終焉に抗うことはできなかった。そんな現実を一人で背負った悲運な男こそマイケルだったのである。この三作目は必要だった。私はそう思う。
優しいアロエ

優しいアロエ