こうん

母の聖戦/市民のこうんのレビュー・感想・評価

母の聖戦/市民(2021年製作の映画)
4.0
母親が誘拐された娘を取り戻す闘い、と聞けば「コマンド―」とか「96時間」とかを脊髄反射的に思い出して「よし!」と握り拳を携えて観に行くわけですけど、案の定、ぜんぜん違う映画でした。
修羅の国メヒコを舞台とした受難劇でリアリズム社会派の力作で、わかりやすいカタルシスを求めようとしてもただただ全神経を疲弊するのみで極東の映画ファンには「無情…!」と呟く以外に為す術がない、絶望的な人間ドラマでした。

ラストの描写が、それは希望もしくは絶望の来訪か?という不安な曖昧さを示していて、なるほどこれは観客を惑わす開かれた結末…と思いきや直後に「モデルとなった女性に捧げます」みたいな献辞が出るので「あかーん!」という修羅の轍に蹴っつまづいて帰らざるを得ない、深い深い溜息をお土産にくれる映画でしたね。くたびれたました。

こういうダルデンヌ兄弟とか「サウルの息子」みたいな主人公にカメラが随行するスタイルの映画って個人的に結構苦手で、それは画角が狭く画的なヌケが極端に少なくなるし(それが主人公の心情でもある)、「今どこにいるのか」という状況説明の側面も弱くなるのでそれもストレスになったりするのでものすごく疲れるからなんですけど、本作はその点、同じ語りのスタイルで“地獄めぐり”にはなっているんですけど、随所随所で引いた画で見せてくれるしそれがフォトジェニックでもあったりするので、そのナラティブのバランスが良かったし、きっちり“地獄めぐり”になっていました。
ひたすらに主人公シエロさんが絶望を背負いながら誘拐された娘の端緒を得ようとする道行きがリアリズムで描写され極力ドラマで盛り上げようとするフィクションを配した作りも、本作で描かれるインシデントの日常性というか、原題の“市民”に秘めた絶望を浮き彫りにしていることと思います。
娘が営利誘拐され家族も警察も軍隊も当てにならず最終的にはやたらと派手でじゃらじゃらしたハイヒールの警察職員に「肋骨一本、これがあなたあの娘です飲み込んでください」という正義の不在が、日常です、という恐ろしさ。
そんな中でも、ひたすら愚直に娘を探すシエロさんの勇気と信念には打ち震えるし(素人探偵にはドキドキした、歩行者を車で尾行するなよ)、元夫のグスタボさんのダメ人間だけど根っこの部分にはジェントルが潜んでいるのは良かったし(潜んでいたよね?)、この修羅の国で息を潜めて生きる女性たち(もちろんそうでない人もいる)の小さなシンパシーにもちょっとグッと来たりもしました。

そんな人間的にホッとするようなエモーションもちりばめつつ、最終的には不敵な誘拐犯のすっとぼけの後に来た来訪者…が何者なのかは推して知るべしですけど、もうとにかくぐったりしましたし、「メキシコ怖い」の常套句以上の言葉を放り出そうとしていっぱいいっぱいです。

こういう現実を対岸の火事と思わず自分事として想像すべきなんだろうけど、どうしたらいいのかわかりません!
(アリッサ・ミラノを肩にのせたシュワルツェネッガーしか浮かばん)
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