カツマ

アリサカのカツマのレビュー・感想・評価

アリサカ(2021年製作の映画)
3.8
鎮魂歌が鳴っている。鎮まることなき心を癒すかのように、哀しみの記憶は叫びのごとく銃弾となる。永遠のように苛烈な歩み、それは死を待つだけの非業の極み。虐殺の歴史が一人の女性に乗り移り、そして、メタファーは悲劇の上積みを象徴させる。殺されるだけでは終われない。その地に眠る魂はソッと彼女の背中を押していた。

2021年東京国際映画祭のコンペティション部門に選出された作品が、早くもNetflixから配信スタート。フィリピンで奇抜な作品を撮り続けてきたミカイル・レッドがメガホンを取り、第二次世界大戦中のフィリピンが日本軍から被った悲劇と恐怖をメタファーとして扱った作品となっている。表面上は女性警官が汚職警官から逃亡するという現代劇でもあり、やるかやられるかの決死の攻防がアクションスリラーとしての側面も持つ。一人逃げ続ける彼女に果たして生き残るという未来はあるのか、キーになっていたのは謎めいたタイトルでもあった。

〜あらすじ〜

警官のマリアーノは上司たちと共に、車内で副市長の警護任務に就いていた。その道はかつて日本兵が捕虜たちに100キロの行軍を死ぬまで歩かせた、という虐殺行為から『死の行軍』と呼ばれており、それは上司の口からも世間話のような気安さで説明された。
だが、そんな安寧とした行軍も長くは続かない。マリアーノたちは突然何者かの襲撃を受け、次々と警官たちは銃撃の餌食となった。標的が自分と察した副市長は刑務所内の不正の証拠をマリアーノに託し、そして、自身も銃弾の前に倒れた。
ほどなくして襲撃者たちは去った。命からがら生き延びたマリアーノは、不正リストの名前を反芻し、撃たれた傷痕を塞ぐことに全神経を集中させる。そこへ現れる追手の魔手。マリアーノは応戦しながらも逃走、崖を滑り落ち、何とか一名を取り留めるも、今度は組織のボスと思しき男の執拗な追跡に合い・・。

〜見どころと感想〜

シンプルに表すと、前半は女性警官が不正を働く同僚たちに追われ、後半、逆襲に転じていくという物語である。だが、その裏に隠されているのは第二次世界大戦時に日本兵から受けた虐殺行為を示唆しており、物語、場所、設定、タイトルなど様々なメタファーとして登場している。それは例えばナチスドイツの愚行が未だに映画化されるのと同様、かつて日本が犯した愚かな行為の記録であり、絶対に風化してはならない事実であろう。

主演のマハ・サルバドールはボロボロになりながらも決死の反撃を見せるという壮絶な役柄ながら、同時に美しく芯の強さをも感じさせてくれる。対するボスのソニー役のモン・コンフィアードは『GOYO 若き将軍』などフィリピン国内のヒット作品にも出演しており、恐らく今作では一番のビッグネームなのだと思う。他には部族の役として登場する子役の演技が素晴らしかったりと、思いもよらぬ発見も。主人公を助ける少女が今作のキーとなるだけに、その演技力が大いに活かされていたように感じた。

アリサカとは第二次世界大戦でも使用された有坂銃のことを指す。少し分かりづらい向きもあるが、今作は徹底してメタファーを散りばめることに注力しており、描き方によってはもっと素晴らしい作品になった可能性もあっただろう。だが、何者にも代えがたいのはこの不思議な余韻。主人公が歩く道は果たしてどこに通じているのか。死の行軍の看板は倒れることなく、その場所で悲劇の跡を刻み続けるのである。

〜あとがき〜

昨年の東京国際映画祭でも観るか観ないかの当落線上にあった本作が、早くもNetflixで観れるのは本当にありがたかったです。かつての日本軍の横暴と、『死の行軍』という事実の惨たらしさをこの映画で知ることができて良かったと思っています。

作品としてはやや粗い作りではありますが、逃走スリラーとしてシンプルに楽しむことも可能。主役のマハ・サルバドールもハマっていて、95分という尺がピッタリの作品でしたね。
カツマ

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