ダラダラと長い殴り書きレビュー
原作で予習済
①第二次世界大戦中のマンハッタン計画から原爆投下までを描いた時間軸
②オッペンハイマーが赤狩りで公職追放される1954年頃の時間軸
③ストローズが公聴会で追及されている1959年頃の時間軸
この3つの時間軸を行き来する構成で、オッペンハイマー視点である①と②はカラー、ストローズ視点の③のシーンは全てモノクロというノーランらしい見せ方が面白い。
公職追放されたオッペンハイマーをハメたのは誰なのかが見所の1つにもなっていて、ミステリーのようにその答えを終盤に持ってくる構成が好き。原作とは違うストローズの見せ方だったかは、一瞬「この人良い人だったんだっけ?」と混乱した
ストローズがずっと言っていたオッペンハイマーとアイシュタインが会話も、最後の最後ので明らかになるのも良かった。ストローズが思っていた会話とは全く違ったけど(勘違いからストローズがオッペンハイマーを追い詰めたのも怖い)、核兵器のある世界を生きる自分たちにはとても重いセリフで終わるのはホラーのような怖さもあった。
広島と長崎の描写が無いことについて。これはアメリカで公開された時点で無いと分かって日本で色々議論されていたけど、広島と長崎の描写がないことが問題とは思わなかったな。被爆地の報告を聞いてるオッペンハイマーがスクリーンに映される写真(画面の外にあるので映画を見てる観客も写真は見えない)から目を逸らすシーンで、核兵器の悲惨さを今までに無い別の角度から描いているなと思った。日本人だからオッペンハイマーが見た写真はなんとなく想像できるけど、全く知らない海外の人には「知りたいなら自分で調べなさい」と言ってるようにも思えた。映画の中で広島や長崎の描写があったとしても、ただの1シーンとして消化されて終わってしまう気もする。
原爆投下後の集会のシーンでオッペンハイマーが被爆者の幻覚を見るシーンもあったので、広島と長崎が直接的に出てくることは無かったけど、被爆者の描写はあったと言っても良いと思う。灰になった遺体をオッペンハイマーが踏んでしまうシーン、ここが一番怖かった。
ノーラン作品なので当然IMAX上映があるけど、人間ドラマがメインの作品なのでIMAXに拘る必要はあまりないと思う。俳優たちの演技が素晴らしくて、表情も細かいところまで見えるという意味ではIMAXの良さが活きてたと思う。映像が凄いシーンがあるのは間違いないけど、壮大な世界観だとか没入感が凄いわけではないので、そういうのを期待してるならIMAXじゃなくていいと思う。
映像より音のほうが好みだった。あからさまに盛り上げたりしない音楽やトリニティ実験での爆発音とか。セリフも音楽も無くて人の呼吸音だけのシーンもあってかなり拘ってるように思ったので、配信などを待たずに出来るだけ音響設備の良い映画館で見て欲しい。
原作にあった幼少期から大学生までの時代と、公職追放されて亡くなるまでの時代が映画では描かれなかった。オッペンハイマーの暗い大学生時代や世界恐慌があって共産主義と近くなったり、キティの過去などかなり大胆にカットしたと思う。映画ではオッペンハイマーが公職追放される根拠が共産党員だった弟やジーン・タトロックとの関係やシュバリエ事件だけだったけど、これだけだと根拠としては弱く感じた。
公職追放後も描かれなかったけど、描くとどうしてもオッペンハイマーを可哀想に思ってしまうので、核兵器の恐ろしさを伝えるには邪魔になってしまったから無くて正解だったのかな。ちょっと見たかった気もする。核軍縮や水爆開発中止を訴えるオッペンハイマーももうちょっとしっかり見たかった。オッペンハイマーの望みが叶わず、核兵器の存在する世界が現在まで続いてることを考えると、意味が無いのかもしらないけど。
伝記映画なのでラストシーンの後に、オッペンハイマーがいつどうやって亡くなったのか、2022年に公職追放を取り消して謝罪されたことが文章で出てきても良さそうなのに、それも無いのは驚いた。多分原爆を開発したオッペンハイマーに赦しを与えるような描写は出来る限り減らしてる。
この映画を“原爆映画”だからと拒絶したくなる人も多いと思うけど、当時のアメリカの立場から描いたものと割り切れない人には無理かも。原作のほうがナチスが核兵器を持つ危機感やアメリカがソ連を意識してる描写がもっとあったし、情報が多くて親切だった気がする。
逆に映画のほうは当時のアメリカから見た国際情勢やオッペンハイマーが戦後にやった事など、原爆を作って投下した側の事情を出来るだけ削っていて、とにかく反戦・反核を訴える映画になっていたと思う。
過去作品を見てると、『オッペンハイマー』はノーラン監督の集大成なんだなと思った。『インセプション』や『TENET』などのSF色の強い難しい作品が得意なノーラン監督が、比較的シンプルな人間ドラマでアカデミー賞を獲ったのが嬉しい